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-ウスキの村‐7.水守 [アスカケ第2部九重連山]

7.水守
「どうしたんだ、マナ?」
余りに大声で泣き続けるマナを見て、カケルは心配して駆け寄った。マナは、カケルの胸にすがって、更に泣き続けた。
それを見ていた村人の一人が、カケルの耳元で言った。
「マナの父親は、この村の水守だったんだ。大水が出た時、一番に岩戸川の取水口に行ったんだが、崖崩れでどうにもならなかった。水が来なくなって、皆、困っているのを見て、随分、自分を責めていたんだ。水守なのに、役に立たなかったと言って。マナもそんな父親を見ていて、心が痛んだんだろう。」
「父様は今は?」
「それが、しばらくは水路を何とか直せないかと躍起になっていたんだが、突然、姿を消した。村人は誰一人、あいつを責めたりしなかったんだが・・・。だから、こうやって水が湧いた事が、マナにはきっと父親が戻ってきたように嬉しかったんじゃないかな。」
カケルは、そこまで聞くと、マナの健気な想いが愛おしく感じ、思わずマナを抱きしめてやった。
泉が見つかった事を聞いて、巫女と伊津姫もやってきた。
「姫様、泉が見つかりました。」
カケルはイツキに跪いてそう告げた。伊津姫は、
「貴方なら、きっと見つけるだろうと信じておりました。ありがとう。」
そう返した。カケルは、
「いえ、私ではありません。マナが見つけたのです。」
そう言うと、マナの身の上も伊津姫に話して聞かせた。伊津姫は、じっとマナを見てから、
「マナ、ありがとう。よく頑張りましたね。・・・皆様、私から一つお願いがあります。」
そう言うと、巫女が岩の上に上がるように勧め、みなの顔が良く見える場所に立った。
「今日から、この泉を、マナの泉と呼びましょう。そして、この村の水守の役をマナにお願いしたいのです。如何でしょう。」
皆、顔を見合わせたが、誰かが、「そりゃあ良いぞ」と言ったのをきっかけに拍手が沸き起こった。
「さあ、皆さんも了解してくださったようです。マナ、大変な役だけど努めてくれるわね?」
マナは、間を輝かせて「はい」と元気よく答えた。
水がどんどん湧いてくる。岩の周りに出来た小さな水溜りが徐々に大きくなり、池のようになった。そして、そのうち溢れて、神代川に注ぎ込んだ。村人はみな、水の流れにつられて歩いた。枯れ切っていた神代川に水が流れている。夢に見た光景が目の前にあり、村人は誰しも黙ってその流れを追っていく。そのうち、一人が声を上げた。
「おい、見てみろよ。」
皆がその声に反応した。神代川の土手に、畑に通じる水路があるのだが、水を引き込む口には板がきれいに嵌っていたのだ。それを引き上げると、勢いよく水が畑の畦の水路を流れて行った。
「もう数年使っていなかったはずなのに、きれいにしてある。一体、誰が?」
そういうと、マナは笑顔を見せた。
「お前がやったのか?」
「うん、母様と二人で・・・。いつも父様が、こうやって手入れをしていたから。いつでも水が流れるようにしていたの。」
「ほう・・もう立派に水守をしてるじゃないか。」
マナは、父が姿を消した後も、父を待つのと同じように、父の真似をして水路を綺麗にしたのだった。ウスキの村は3段の棚状になっている。一番上の「上の地」「中の畑」の水路に徐々に水が入っていった。そして、中の畑の中ほどまで、神代川を下ってきたところで、川の様子が変わった。
徐々に、川は浅くなり、ついに小さな森の手前まで来ると、淀みとなって、川が止まっている。
「この先は一体どうなっているんだろう。」
かけるがそう言って川の浅瀬に入ろうとすると、
「ダメ、はいちゃダメ。」
マナが必死に止めた。
「その先には、眼に見えないけど、あちこちに穴が開いていて、危ないの。」
「どうして、それを?」
「前に、水路を直しながら、ここに来た時、母様がその辺りで足を取られて大怪我をしたんです。見ると、砂地の中に大きな穴があちこちにあって・・・」
それを聞いた村人が、
「そうか、お前の母様、それで怪我をしたのか。何も言わないからさあ。・・マナの母親は、その怪我がもとで、今はもう歩けなくなったんだ。」
「そうだったのか・・・。」
カケルは、何か思いついたようだった。そして、持っていた長縄を腰に強く巻きつけた。
「すみません。端を持っていてくれませんか。この先を少し調べたいんです。」
「一体、何を?」
「いえ、よく判りませんが、この先に何か大事なものがあるような気がするんです。穴に落ちても、縄があれば底までは落ちないでしょう。さあ、お願いします。」
村人が何人かで縄の端を握り、腰に巻きつけて待機した。カケルはゆっくりと川のよどみに足を進めた。よどみの中ほどまで進むと、振り返って言った。
「ここに、大きな穴があります。草で隠れていて見えませんでしたが、ここから水が土の中に入っているようです。中に潜ってみます。縄を引く合図がしたら、引っ張り上げてください。」
そう言うと、大きく息を吸い込んで、穴の中に潜った。
水が流れ込む穴の中は、僅かな光が差し込んでいるくらいで、視界はほとんど無かった。カケルは、穴の底に着くとあたりを見た。きらりと光るものが見えた。近づくと、それは屍であった。きらりと光ったのは、首飾りだった。カケルは、そっと首飾りを外し、縄を引いた。
「おい、合図だ。引っ張り上げよう。」
カケルは、腰の縄が引かれる力でようやく流れに逆らいながら川面に顔を出した。
川の土手には、焚き火が作られていた。すぐにカケルは、水で濡れ冷え切った体を温めた。
「何かありましたか?」
村人が尋ねる。カケルはそっと、手の平を開くと、そこには白く光る石をつけた首飾りがあった。マナはそれを見て、泣き崩れた。
「それは・・父様の・・私が見つけた綺麗な石で父様に作ってあげた首飾り・・。」
カケルは、そっとマナの頭を撫で、首飾りをつけてやりながら言った。
「マナ、お前の父様は、逃げ出したんじゃなかったよ。きっと水守の役で、不覚にも、あの穴に落ちたんだ。きっと動けなくなったんだろう。父様は、あそこでちゃんとマナを見守ってる。きっともう水が枯れる事は無い。大丈夫さ。」
村人も皆、話を聞いて涙ぐんでいる。
少し離れたところにいた村人が、呼んでいる。呼ばれるとおり、足を向けると、下の段という下の棚にいた村人が叫んでいた。皆、崖を降りて、おのころ池のほとりに降りた。見あげると、おのころ池の北に聳えるような崖から、幾筋もの水の流れが見えた。徐々に流れは太くなり、しまいには轟々と音を立て、滝となった。小さかったおのころ池も、水かさが増した。そして、徐々に溢れ、淵に向かって流れこんで、更に大きな滝となった。ウスキの村は、水溢れる村となっていた。

神代川.jpg
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