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-ウスキの村‐8.巫女からの相談 [アスカケ第2部九重連山]

8.巫女からの相談
ウスキの村に、春が訪れた。
姥山の雪も溶け始め、マナの泉からは雪解け水が溢れ、水路にも滔滔と流れている。
これまで、下の段にしか農地がなかった村に、再び広い農地が作れるようになっても、人手が足りず、上の地も中の畑も、ほとんど手付かずだった。カケルは、マナの泉を開いた後、上の地や中の畑を耕す毎日を過ごしていた。時々、マナが水守の仕事の合間に、カケルを手伝っていたが、長く使われていなかった農地を耕すのは、随分骨が折れた。エンも最初は手伝っていたのだが、狩りをするほうが良いと言って、キハチとともに猩猩の森へ入る事が多かった。
 今朝も早くから、上の地で、水路の補修と耕作をしていたカケルのもとに、エンがやってきた。
「カケル!もう春になったぞ!」
エンが言いたい事はわかっていた。この村に着いた時、春にはそれぞれのアスカケに旅立つ約束をしていたのだ。
「俺、そろそろ旅に出ようと思うんだが・・カケル、お前、どうする?」
カケルは、まだ決めかねていた。エンは、弓の腕を極めるために、ノベの村へ向うのだろうが、自分はまだぼんやりとしか次の行き先が見えていない。それに、この村の行く末も見てみたい、いろんな思いが交錯して、ただひたすら、農地を耕す事で、答えを出さずに過ごしてきたのだった。
エンに問われて、カケルは鍬の手を休めてから、ゆっくり言った。
「俺は、もう少し、この村に居るよ。この畑や田んぼに、ちゃんと、実りがあるのを見極めてから旅立つ事にする。・・それに、まだ、行く先が決まらないから・・」
「そうか・・わかった。まあ、二人とも一度にいなくなったら、イツキ・・いや、伊津姫も寂しいだろうし・・・俺は、明日、行くよ。五ヶ瀬川を下って、ノベの村まで行ってみる。」
「そうか・・わかった。くれぐれも気をつけるんだぞ。お前は、考えるより先に体が動いてしまうから・・弓を引く時を見定めないと・・」
「判ってるさ。・・それと、キハチ様も一緒に行く。あの方も、弓の腕を試してみたいと言われていて、ともにノベの村に行く事になったんだ。」
「そうか。・・それなら安心だ。」
「じゃあな、俺は支度をしなくちゃならない。」
エンはそこまで話をすると、村に戻っていった。カケルは再び、畑の仕事に精を出した。

昼を過ぎた頃だった。
「カケル様、ご相談がございます。あとで、館へお越しいただけませんか?」
畑の仕事をしていたカケルのもとに、巫女が尋ねてきた。巫女の言葉には、何か重い心配事があるように感じられた。
「わかりました。・・ここの仕事が一区切りついたらお伺いしましょう。」

館に入ると、巫女は、辺りを気にしながら、カケルを祭壇の脇の小部屋に案内した。
小さな明かり取りの窓が一つだけあり、薄暗い部屋で、巫女はここで寝起きをしているようだった。
「ご相談とはなんでしょうか?」
カケルは正座をして巫女に訊いた。巫女は、カケルに向かい合って正座をして口を開いた。
「カケル様は、書物で村のこれまでを読まれましたな?」
「はい。もうほとんど読み終えたと思います。」
「その中に、岩戸の渡りというのがありませんでしたか?」
カケルは、記憶を辿ってから答えた。
「はい・・確か、10年に一度、春に岩戸の祠へお参りするという儀式ですね。」
「はい、先の姫様が居らしたとき、一度だけ行われたと先の巫女から言い伝えられております。それからあと、姫様が居られなかったので、渡りはやっていなかったのです。・・それで、姫様がお戻りになったので、この春に執り行おうかと・・・」
「・・それはいいでしょう。・・確か、あの書物には、ウスキの村を開く前、姥山を越えてきた一族に定められた儀式だとありました。」

「岩戸の渡り」とは、戦乱の筑紫野から逃れ、王一族が姥山を超えてきて始めて住んだ岩戸から、ウスキに移る時、岩戸の地神に誓いを立てたのが起こりだった。
岩戸を一度は安住の地と決めていたのだが、度重なる岩戸川の氾濫や冷涼な気候で作物ができない事から、岩戸を捨てる事になった時、神の怒りを抑えるために、10年に一度供物を持ってお参りするという誓いを立てたのだった。

「ですが・・・実は、困っているのです。」
「何か、儀式を執り行うのに足りないものでもあるのですか?」
「いえ・・儀式自体は問題ありません。・・実は、昨夜、祈祷の最中に、神の啓示がありました。」
「神の啓示?」
「はい。私は儀式に先立って、無事を祈願しておりました。その最中、突然に啓示があったのです。目の前に、岩戸の祠があり、姫様が祈りを奉げている時、突然、目の前が真っ暗になり、泣き叫ぶ声が当たりに広がったのです。」
巫女には、未来を予知する力があった。
これまでも、幾つかの事を予見した。カケルも巫女の見た光景が、決して喜ぶべき事態ではないことは判った。
「姫の身に大事が起きるというのですか?」
「はっきりとは判りませんが・・泣き叫ぶ声がはっきりと聞こえました。」
予見した事態はおそらく言葉にする事でより確信に変わることを巫女は恐れているようだった。
「では、儀式をやめたらいかがですか?」
「それは無理です。私が見たものは必ず起こります。必ず、儀式をやることになるのです。」
「じゃあ・・」
「ええ、必ず、起こります。ですから、どのような事が起きても、姫様をお守りしなければなりません。そのために、カケル様のお力をお借りしたいのです。」
「しかし・・一体、何が起こるのでしょう?」
「・・あたり一面真っ暗で、何も見えませんでした。・・ただ、泣き叫ぶ声が聞こえていました。」
「天変地異の類でしょうか?」
「さあ・・ただ、このことを姫様にお話して良いかどうかも迷っております。」
カケルは、イツキならどうするだろうと考えた。気丈ではあるが、予想もつかない事態をどれほど受け止める事ができるか、わからなかった。
「わかりました。・・その話は、伊津姫様には内緒にしておきましょう。・・一度、私が、儀式を行う場所へ行ってみます。・・巫女様のお話から、何が起こるのかわかりませんが、その場所に行けば、もう少しはっきりした事が判るかもしれません。」
カケルは、畑の仕事が一段落ついたところで、「岩戸の渡り」が行われる場所に向う事にした。

古代髷.jpg
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