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-ウスキの村‐9.天岩戸 [アスカケ第2部九重連山]

9.天の岩戸
巫女の相談を受けた翌日、エンとキハチは、ウスキの村を旅立つ支度をして、館へ赴いた。
伊津姫が、巫女に伴われて、奥の部屋から顔を見せ、二人に餞の言葉を述べ、二人は恭しく頭を下げ、颯爽と村を後にした。
そして、村の下に広がる淵から、小船で五ヶ瀬川を下って行くことになった。
ちょうど、猩猩の森から、ウルが戻ってきていて、二人を見送った。
「くれぐれも、この村の事は秘密にしておくのだ。また、災いが起きぬようにな。」
二人は、ウルの言葉を肝に銘じ、小船に乗り込んだ。ノベの村までは舟で下れば、日暮れまでには到着する。二人は、交代で船を操り、流れを下って行った。

二人を見送った後、カケルは、岩戸の渡りが行われる場所に行く事にした。マナの泉まで来ると、マナが泉の畔で水の番をしていた。
「カケル様、どちらへ行かれるのですか?」
「岩戸川を上って、洞窟のあるところまで行って来るんだ。」
「私もついて行って良いですか?・・道案内もできますから・・」
カケルは、マナに道案内を頼んで、洞窟を目指した。岩戸川は、轟々と音を立て流れている。途中、大雨で崩れた場所を超えると、一層山深い地に入っていった。岩戸川には周囲の谷から細い川が幾筋も流れ込んでいた。
「もうすぐ着きます。ほら、あそこです。」
先を歩いていたマナが岩の上に登って指差した。岩戸川の対岸の崖に、目指す洞窟が見えた。
「マナはここへ来た事があるのか?」
「はい、父様が水路を直せないかと、岩戸川を上ってきたときに、一緒にここへ来ました。でも、カケル様、ここにどんな御用があるのですか?」
「マナは、岩戸の渡りと言うのを聞いたことがあるかい?」
「いいえ」
カケルは、岩戸の渡りの謂れを教えた。マナは興味深そうに話を聞いた。
浅瀬を渡って対岸にたどり着くと、洞窟の入り口の前に立った。
「ここか・・岩戸の洞。確か、この奥に小さな祠があるはずだが・・・。」
洞窟の入り口は、ちょうど背丈ほど穴になっていた。ところどころ、岩から染み出した水が滴り落ち、中は真っ暗だった。カケルは、松明を作って明かりにして中に入っていった。マナも、カケルの腰あたりに手を添えてついていく。
更に奥深く入っていくと、徐々に天井が低くなり、幅も狭くなってきた。一番奥と思われる場所にたどり着くと、さらに小さな穴が開いていた。中を照らすと、小さな祭壇があった。
「ここだ。・・ここで、渡りの儀式を行うのだ。」
マナは、カケルの後ろからそっと覗き込んだが、何か怪しげな雰囲気に恐れて、目を伏せた。
「よし、もどろうか。」
カケルは、松明で壁を照らした。すると、入って来た時には気づかなかったが、洞窟の中の壁には、あちこちに絵が書かれていた。良くみると、それは、邪馬台国の王の座を追われ、この地に落ち延びてきた一族が辿ってきた足取りが幾つかの記号交じりの絵で、記されているのだった。
「この地まで苦労して逃げてきた事をここに記し、一族の願いを忘れぬようにしたのだろうか・・」
マナもじっと絵を見つめていた。
「カケル様、・・ところどころ、無いのはどうして?」
マナが言うとおり、壁に描かれた絵はところどころ無いところがあった。カケルは、その前後や天井や足元を見た。
「おそらく、長い時の中で書かれた壁が崩れたんだろう。」
そう言って、壁を触ると、風化して脆くなったところがぽろぽろと剥がれて落ちた。カケルは、もう一度、祭壇があるところに戻り、天井辺りを見ていた。
「そうか・・・きっと、そういうことだな・・・だが、どうやって・・」
そう呟いてから、周囲の壁の状況をさらにじっくりと見た。
「カケル様、もう出ましょう。」
マナは、不気味な暗闇が広がる洞窟にこれ以上居たくなくて、カケルに言った。
「ああ、そうしよう。」

カケルとマナは、洞窟の入り口まで戻ってきた。春の陽射しに川面がきらきらと輝き美しかった。
「少し、この辺りも見ておこう。マナは村へ戻るか?」
「いえ、私も行きます。」
カケルは、岩戸川をさらに上っていった。昔、田んぼを作っていたと思われる場所も見つかった。振り返って、ウスキの村のほうを見ても、高い崖があるだけで、とてもウスキの村が存在しているようには見えなかった。
しばらく、岩戸川に沿って歩いていくと、流れは更に細くなり、渓流になっていた。
「あそこ!」
マナが指差した先には、ぽっかりと崖が口開いている場所があった。
随分と奥まで続く大きな洞窟があった。中に入ると、壁に近い場所あたりに、割れた土器や竃にしていたと思われる石組みがあちこちにあった。随分古いもののようだった。一番奥まで進むと、朽ちた祭壇があり、この洞窟ではるか昔に人が暮らしていた事が判った。
「ねえ、これは何?」
マナが拾い上げたものは、錆付いた銅剣だった。
「きっとここは、邪馬台国の王の座を追われ、姥山を越えて、この地へ逃れてきた人たちが住んでいたのだろう。・・ここでしばらく暮らして、今のウスキの地へ移ったのだろう。」
辺りに散乱しているものを見て、カケルは不思議に感じたことがあった。事情があってこの地を離れたとしても、何か、あわただしく追われるように逃げたという感じがしたのだ。途轍もない異変でも起きたように、日常品の類だけでなく、銅剣まで残していったのはやはり不思議だった。
カケルは、岩戸の洞窟から村に戻ると、巫女のいる館を訪れた。
「巫女様、行って参りました。」
そういうと、巫女は、御簾の部屋の奥から出てきた。伊津姫も、カケルの声を聞き、出ようとしたようだったが、巫女に制止されたようだった。
巫女は、すぐに、カケルを件の部屋に案内した。
「どうでした?何かわかりましたか?」
「はい、渡りの儀式を行う場所は小さな洞窟ですが・・壁一面、脆くなっていて、おそらく儀式の最中に崩れてしまうということではないでしょうか?」
「そうですか・・・しかし、古からの約束通り、姫様に洞の中で祈りを奉げていただかねばなりません。・・どうにか、救い出せるよう手立てをせねばなりませんね。」
「はい。・・・それで・・渡りの儀式は、いつ行うのですか?」
「言い伝えでは、・・天の神の手のひらが姫様に届く朝・・・館の東の小窓より朝日が射しこみ、姫様の寝室に入る時です。・・・おそらく、もうひと月ほどでしょう。」
「そうですか・・それなら、もう少し手立てを考えてみましょう。」

ヒムカ天岩戸.jpg
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