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-ウスキの村‐10.姫の資格 [アスカケ第2部九重連山]

10.姫の資格
マナはいつものように水守の仕事で泉から水路を丁寧に見て回っていた。上の地にはカケルがいて、ようやく耕し終えた畑に、畝を作らず、平らに均し、水を引き始めていた。マナは不思議そうにその様子を見ていた。
「カケル様、畑に水を引き入れてどうするのですか?」
「・・おや・・、水田を知らないのか?」
「水田?」
「ああ、米を作るには水を張って、籾を撒くのだ。」
この地では、これまで水が充分には無かったために、米は陸稲(おかぼ)であり、畑では麦を植える程度だった。生産量はぐんと少なく、天候に左右されやすかった。
そこに、巫女がやってきた。
「巫女様、どうかなさいましたか?」
「はい・・姫様の事で少しご相談が・・」
「姫様に何かありましたか?」
「このごろ、食事も少なく、何か考え事をされる時が多くなっていて、お元気がないのです。」
この村に来て、伊津姫はほとんど館の中で過ごしていた。姫になるために学ぶべき事がたくさんあり、巫女から教わる日々を過ごしていて、ほとんどカケルたちと会う事は無かった。カケルには、イツキが悩んでいるのだとすぐに判った。
「姫様に少し、村の中を見ていただいたら如何でしょう。」
巫女はカケルに言われたとおり、伊津姫を案内して、村の畑を見て回わることにした。
伊津姫は、マナの泉ができた時以来、久しぶりに館の外へ出た。
館からほど近いところに、カケルが広げた水田があった。巫女はその様子を見て驚いた。
「カケル様、せっかく耕した畑に水を張って、どうされるのですか?」
「水稲を作ります。」
「水稲とは何ですか?」
「水を張った田に米を作るのです。これまで以上にたくさんのお米が取れるはずです。」
カケルが答えた。
「そのような方法は聞いたこともありませんでした。」
巫女は少し困惑した様子だった。
それを聞いて、伊津姫ははっと思いついたような顔をして、館に戻って行った。そして、錦の衣を脱ぎ捨て、村にやってきた時に着ていた野良着を取り出し、それに着替えた。
しばらくすると、野良着姿の伊津姫が、カケルの田んぼにやってきた。
「姫様、その格好・・やめてください。そのような格好ではいったい何をなさるおつもりですか?」
巫女は慌てて姫を制止した。伊津姫は、じっと巫女を見つめた後、溜まったものを吐き出すように言った。
「ごめんなさい・・・私は・・私は、これまでずっと、邪馬台国の姫になるために・・いや、姫の資格を身につけようと考えて参りました。しかし・・どうしても・・自分には・・・・」
「伊津姫様は、私たちの姫様として立派におつとめされています。」
「いえダメなんです。このままでは・・私は、ここにこうして座っているだけ・・何の役にも立っていないのです。私が私ではなくなるようで・・・・これじゃあダメなんです。」
伊津姫は、ぽろぽろと涙を零して、まっすぐに巫女を見つめた。
カケルは、伊津姫の気持ちがよくわかった。ナレの村で野山を駆け回り、畑の仕事に精を出し、忙しなく、動き回っていたイツキにとって、じっと館の中に篭り過ごす日々は辛かったのだろう。それ以上に、イツキはこれまで、誰かのために自分のできる事を精一杯やってきた。姫となった今、求められる事が余りにも自分自身と懸け離れている事に苛立ちさえ覚えるようになっていたのだ。
巫女は戸惑っていた。姫として生きることを選んだイツキに求めてきた事が、いつしかイツキの中で大きな負担となっていた事に気付いたが、どうしてよいのか判らなかった。
「伊津姫様、さあ、籾撒きをしましょう。すでに、水は張ってあります。いつでもできます。」
カケルは、伊津姫を田んぼへ誘った。伊津姫は、そっと水を張った田んぼに入った。そして、素足で泥の中をかき回し、深さや柔らかさを確かめてから言った。
「まあ・・これなら良いでしょう。さあ、村の人を集めてください。」
村人たちが集まると、伊津姫は、手に乗せた籾を皆に見せた。
「これからやるのは、ナレの村でやっている米作りです。こうやって、深く耕した田に一杯に水を張って、柔らかくなった泥の中に、こうやって籾を撒くのです。」
伊津姫は、カケルから籾の入った籠を受け取ると、籾を救い、田んぼの中に撒き始めた。
「七日ほどで、小さな芽が出てきます。それを大きく大きく育てるのです。」
カケルも、同じように水田の中に入り、籠を抱え籾を撒いた。
村人たちは、驚いた様子で二人の様を見ていた。水守をしているマナが、「面白そう」と言って、同じように籠を持って真似た。
「なんと、伊津姫様は、変わった姫様じゃ!」
村人たちは目を丸くした。しかし、伊津姫が実に楽しそうに、籾を撒く姿を見ているうちに、村人も徐々に同じように作業に加わるようになっていった。
「これで良いんですよ。伊津姫様は、ナレの村でもいつも笑顔で畑仕事に精を出していました。皆、あの笑顔に救われていました。きっと、伊津姫様は、新しい邪馬台国の立派な姫様になるでしょう。」
カケルは、心配顔の巫女に言った。
「ええ・・・そうですね・・・きっと・・・私もそう願っています。・・・」

次の日から中の畑も下の段にも、同じように水田が作られ、直播で米が作られるようになった。
伊津姫は、その日から、ほとんど野良着で、村の中を見回るようになった。
「姫様、これでいいのですか?」
「水加減はこれでよろしいですか?」
伊津姫の姿を見かけるたびに、村人は皆、伊津姫に田んぼの具合を聞いた。伊津姫はそのたびに田んぼに入り、一緒に雑草を抜いたり、畔を直したりして、笑顔で答えた。
ナレの村を出て、ユイの村やモシオの村で出逢った姫たちも、今のイツキのように、村の中にいて、村人とともに語り、働き、支えあって生きていた。これで良いのだとカケルは思った。

下の段まで広がった水田を見下ろせる高台に、カケルは居た。脇には水守のマナも居た。
「マナ、これからが大変だぞ。」
マナはきょとんとした顔でカケルを見た。
「これから、夏の終わり、穂が出て小さな米の花が咲く。それまで、すべての田んぼに水をしっかり張り続けなくてはいけない。泉からは滔滔と水が溢れているが、その水を無駄にすることなく、しっかり水が届くよう気をつけなければならない。大変だが、出来るな?」
マナは少し不安な顔をした。
「大丈夫だ、私も手伝う。きっとマナなら遣り遂げる、大丈夫だ。」
マナは笑顔で答えた。
「うん、父様もきっと守ってくださる。」

水田.jpg
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