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-ウスキの村‐11.地鳴り [アスカケ第2部九重連山]

11.地鳴り
いよいよ、「岩戸の渡り」が執り行われる事になった。
朝から、巫女は儀式の支度をしながら、自分が予見した「不幸な出来事」が頭に浮かんできて、どうしたものかと考え込んでしまっていた。伊津姫は、そんな巫女の物憂げな様子に気付いていた。
「何か不安な事があるのでしょう?」
「いえ・・そのような・・」
「隠し事はやめましょう。」
巫女は、観念して、「不幸な出来事」について説明した。伊津姫は目を閉じじっと考えた上でこう言った。
「カケルも知っているのならば、きっと大丈夫です。」

巫女を先頭に、伊津姫が続き、村人たちの多くもその後に続いた。一行は、岩戸川に沿って、儀式を行う岩戸の洞を目指した。そこにカケルの姿は無かった。
マヤの泉辺りまで来ると、空には雨雲が広がり始めていた。もう梅雨の季節を迎えていた。
儀式を執り行う洞は、岩戸川の畔にある。浅い沢を渡り、わずかに広がる河原に村人たちは並んだ。
洞の前に祭壇を作り、村人の数人が、供物を具えた。次に、巫女が榊を手にして祈りを奉げた。
いよいよ、伊津姫が、洞の中に入り、祈りを奉げることになった。
伊津姫は、周囲を見回した。伊津姫はカケルを探していたのだ。しかし、そこにカケルの姿は無い。
巫女はその様子を見て、小さな声で伊津姫に「さあ、お進み下さい」と呟いた。
伊津姫は、巫女や村人にゆっくりと一礼をすると、おがたまの木を一枝持ち、ゆっくりと洞の中に入っていった。洞の中は、入り口から差し込む光でぼんやりと様子がわかる程度であった。
巫女に教えられたとおり、伊津姫は、洞の一番深くに安置された祠の前で跪き、厳かに祈りの言葉を奉げ始めた。
静かに洞の中から伊津姫の祈りの言葉が聞こえていた。
村人たちも巫女もその言葉を聞きながら、無事に姫様が戻ってこられるよう目を閉じ祈っていた。

ようやく、祈りの言葉が終わりかけた時だった。
最初、小さく地響きのようなものを感じた。皆が目を開け、顔を見合わせた。次の瞬間、どんと突き上げられるような強い衝撃を感じた。
周囲の岩壁からぱらぱらと小石が落ちてきた。そして徐々に揺れが大きくなり、もう一度更に強い衝撃が走って、皆、その場に立っていられなくなり、地に手足を付け、中には這いつくばってしまっているものさえいた。
「きゃあー!!助けて!!」
誰とも無く、泣き喚いた。
どーんという音がして、大きな一枚の岩が崖から崩れ落ち、周りの木々をなぎ倒し、終には、洞の前に立ち塞がる形で落ちてきた。しばらく、周囲には砂煙が立ち上がり視界が悪くなっていた。揺れも収まり、周囲が静かになった時、村人が見たものは、洞を塞ぐ大きな岩だった。

「姫様―!姫様―!伊津姫様―!!」
村人が、皆、声の限りに叫んだ。しかし、分厚く大きな岩が塞ぎ、洞の中の姫に声が届いているようには思えなかった。そうしている間も、岩壁からは小石がぱらぱらと落ちてくる。

真っ暗になった洞の中では、伊津姫は祠にすがりつき座り込んでいた。事態はだいたい判っていたもの、暗闇が一層不安を掻き立てる。微かに、洞の外から村人が叫ぶ声が聞こえた。
「大丈夫か?」
ふいに、カケルの声が洞の中に響いた。暗闇の中で、その声は確かに聞こえた。
「カケル?・・どこ?」
伊津姫の問いかけと同時に、そっと伊津姫の腕を掴む手があった。
「大丈夫だ。心配ない。そのまま動かないで。」
カケルは、一旦、伊津姫の手を離すと、暗闇の中で何かもぞもぞと動いていた。しばらくすると灯りがついた。カケルが火を起こしたのだった。ようやく、視野が広がって、カケルの顔を見た伊津姫は、ぽろぽろと涙をこぼし、カケルに縋りついた。
「巫女様の予見の話を聞いて、どうにか防ぐ手立てはないかと思案したのだが・・とにかく、イツキが無事で良かった。」
「いつからここへ?」
「儀式の最中はここへは入れない。だから、昨日からここに居た。崩れそうな壁は少し手直しをしておいた。万一を考えて、祠を手前に動かしておいたんだ。」
その時だった。再び、ごごごっという音とともに、地揺れが始まり、どーんという轟音が地中を響いてきた。洞窟の中の二人には、何が起きているのか見当もつかなかった。

崩れ落ちた洞の入り口の周りで、叫び続ける村人も、再び起きた地揺れと轟音に驚き、その場に座り込んでしまった。そうしているうちに、崖からはさらに大量の土砂が崩れ落ちてくる。
「ここにいては危ない!」
巫女は、村人に呼びかけて、沢を渡り、何とか反対側の岸に皆を引き揚げた。
洞の入り口はすっかり土砂に埋まってしまっていた。朝から曇っていた空から、大粒の雨が降り始める。村人はずぶ濡れになりながらも、対岸の土砂に埋もれた洞を見つめた。どうにかして、あの土砂を取り除き、姫を救い出さねばならない。皆、そう思っているのだが、手が出せなかった。
そのうちに、目の前の岩戸川の流れが、茶褐色の濁流に変わり始めた。もはや、対岸に渡る事もままなら無い状態になっていた。

「巫女様・・巫女様・・姫様はご無事でしょうか・・」
悲痛な村人の声が響く。
巫女は皆を見て、
「落ち着いてください。姫様はきっとご無事です。」
「どうして・・そのような・・」
「洞の中には、カケル様がいらっしゃいます。」
村人がどよめいた。
「今日のこの出来事を私は予見していました。そして、カケル様にご相談いたしました。カケル様は、昨夜から洞の中に入り、このために策を練っていらしたはずです。」
そう聞いて少し村人は落ち着きを取り戻したようだった。
「しかし・・あれだけの土砂が被ってしまっては・・どうにも・・」
「カケル様は、昨夜、私におっしゃいました。この上にある洞窟で待っておいて欲しいと。」
それを聞いたマナが言った。
「・・前に、カケル様と一緒に行きました。少し川上に大きな洞窟がありました。こっちです。」
そう言って、マナは皆を先導した。

岩戸川濁流.jpg

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