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-ウスキの村‐12.天安河原 [アスカケ第2部九重連山]

12.天安河原
マナに先導され到着した洞窟は、村人が皆入っても充分すぎるほど広かった。
「ここは、大昔、私たちの先祖が暮らしていた場所だとカケル様がおっしゃってました。」
村人たちは、壁近くに残る竃の跡や、皿などの道具を拾いながら、洞窟の様子を探っていた。
こうしている間にも、姫の命が危うくなっているのではないかと誰もが心配していたが、どうにもならない状態も承知していて皆落ち着かなかった。
「火を起こしましょう。冷えた体を温めねばなりません。姫様のご無事を祈祷するためにも火を。」
巫女はそう言って、洞窟内に散らばる薪を集め、洞窟の真ん中に焚き火を起こさせた。
皆、じっと焚き火の周りに集まり、冷えた体を温めながら、巫女の祈祷の声にあわせ、ひたすら祈り続けた。

洞の中に閉じ込められたカケルと伊津姫も、ようやく事態を飲み込んでいた。伊津姫は、カケルが傍にいてくれるだけで心強かった。暗闇の中で掴まれた手の温もりは、幼い頃、カケルの後を追い走り回った懐かしく温かい日々を思い出させてくれていた。
カケルは、一旦、洞の出口に足を向けたが、途轍もなく大きな岩が塞いでいる事を確認すると、すぐに洞の奥へ伊津姫を誘導した。
「奥に行ってどうするの?」
伊津姫は、もう昔のイツキに戻っているようだった。
「・・前に、ここに入ったとき、妙な感じがしたんだ。行き止まりのはずなのに・・何か、奥から風が吹いているように感じたんだ。ひょっとして、抜け穴があるんじゃないかって・・」
「それで?」
「その後、何度かここに来て、この中を探ってみた。・・そしたら、祠の後ろに石蓋があったんだ。」
カケルはそう言うと、祠を抱え、脇に置くと、辺りの土を掘り始めた。
「ほら、これだ。」
きれいに磨かれた石蓋が現れた。
「ちょっとこれを持ってて。」
カケルは、松明を伊津姫に渡し、石蓋を動かし始めた。少しずらすと、冷たい風が吹き出してきた。
「やはりそうだ。風が通ってくるのは、通路があるからだ。」
そう言って更に石蓋を動かし、人が入れるほどの隙間を空けた。
ゆっくりと中に入ってみると、大きな洞窟があった。
「やはりそうだ。・・・前に、泉を見つけたときも、森の中に大きな空洞が空いていただろ。ここらには、こうした空洞があちこちにあるんだ。きっとここから外に出られるはずさ。」

この辺り一帯は、火山活動の中で、溶岩が流れ出たり、火山風が通り抜けた跡がこうした穴を幾つも開けている地質のようだった。
二人は最初、その穴を下るように進んだ。しかし、しばらく行くと、水が溜まっていて、どうやらそれ以上先へは進めないようだった。
イツキが足元に何かを見つけた。
「これは何?」
拾い上げてみると、錆付いた銅剣のようだった。さらに、朽ち果てた衣服らしきものも見つけた。
「ねえ、カケル!これ、何だと思う?」
カケルは、イツキが拾い上げたものを受け取ると、脇の岩に腰掛けた。
「イツキ、これは、昔ここへ閉じ込められた人のものだよ。」
「この穴に閉じ込められた人がいたの?」
「いいかい、これからする話は、伊津姫として胸の中にしまっておいてほしい事なんだ。村の書物を読んでいたときに見つけた・・悲しい話だ。・・岩戸の渡りをやるようになった理由でもある。おそらく、村の人もほとんど知らない話さ。」
カケルはそう前置きして、語り始めた。

邪馬台国が乱れ、王の一族はわずかな護衛とともに、姥山を越え、この地に辿りついた。岩戸川の畔にある大きな洞窟にしばらくは隠れるように暮らしていた。山で狩りをし、食うにも困る毎日の中で、皆疲れきっていた頃の事だった。
護衛役の若者五人が、皆の反対を押し切って、一族の窮状を救うため、洞窟を出て、岩戸川を下り、近くの村に行った。カケルたちが猩猩の森を抜け五ヶ瀬川の対岸に見た「七つ折」というところにあった村だった。そこも裕福な暮らしとは言えない山村であったが、若者たちの目には、洞窟の暮らしに比べれば豊な村に見えたのだった。
五人は、村に入り、食べ物を分けてくれないかと長老に頼んだ。しかし、長老は拒否した。山間の洞窟に数年前から、妖しげな人間が住み着いている事を快く思っていなかったのだ。それでも、五人は、引き下がらず、何度も頼み込んだ。それを聞いた七つ折の村人が、長老を守ろうと、五人を取り囲み、石礫を投げつけ、追い返そうとしたのだ。
余りの仕打ちに、一人の若者が思わず、剣を抜いてしまった。剣は運悪く近くにいた子どもを切りつける形となり、目の前で息絶えた。五人は、慌てて洞窟へ逃げ帰ってしまった。
洞窟に戻った五人は事の次第を皆に話し、護衛役の長老は、村へ謝罪に向うことにした。
同じ頃、七つ折の村のミコトたちは、剣や槍、弓を携え、洞窟へ向かった。もはや、戦いは避けられない状態であった。
長老と七つ折のミコトたちは、岩戸の洞のある辺りで睨みあう事になった。もともと、戦から避けるために山を越え逃げ延びてきたのだ。護衛役の長老は、すぐに、村のミコトたちの前にひれ伏して謝罪した。しかし、それでは収まらなかった。長老はついに自らの命と引き換えに許してもらいたいと言い、剣で喉を掻き切り果てた。それでも、ミコトたちは納まらず、そこに居た若者たち全てを切り殺し、洞の穴に遺体を投げ捨てたのだった。
その後、七つ折の村を不幸が襲った。ひと月も長雨が続き、田畑がすべて流された。さらに、雷雲が何度も村を覆い、稲妻で村が焼かれた。村人は全て死に絶えてしまったのだった。
洞窟に潜んでいた王の一族にも、病が広がり、食糧も不足し死に行く者が出始めたのだった。
時の姫が、洞窟を出て、今のウスキの地へ移り住む事を決めた。そして、天地の神に許しを得るため、洞には祠を築き、ウスキに移り住んだ後も、お参りする事を誓ったのだった。

「争い、諍いを戒め、ともに労わり生きる事を誓うために、岩戸の渡りはあるんだ。・・そして、死に絶えた七つ折の村の人々の魂も、護衛役の長老や若者たちの魂も、この地で安らかにあってほしいと願うのが、儀式の本当の意味なんだよ。」
「ただ、静かに、ウスキの地に隠れ住んでいたわけではなかったのね・・。」
悲しい一族の過去を知り、イツキは涙した。そして、拾い上げた銅剣や衣服を土に埋め、祈った。

天安河原2.jpg
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