SSブログ

‐ウスキの村‐14.エンの帰還 [アスカケ第2部九重連山]

14. エンの帰還
暗い洞穴から何とか抜け出した二人は、疲れきっていた。
特に、カケルは、剣の妖しげな力で変貌し、すべての力を使い切ったのだろう。穴から出てきてからすぐに倒れ、村に運ばれた後も三日三晩眠り続けていた。その間、ずっと、マナが傍にいて看病していた。
ようやく目覚めたカケルを待っていたのは、畏怖の念に囚われた村人たちだった。
岩を割り、洞穴から出てきた時のカケルは、まるで野獣であり、荒神が憑依したように見えたのだ。
誰として言わなかったが、田んぼの作業をしているカケルを見ても、皆、深々と頭を下げるだけで、会話を交わそうとはしなかった。巫女も、カケルの変貌に恐れ、伊津姫には、カケルの傍に近づかぬようきつく言い、姫様の守役にも絶えず、動きを監視させるようにしたのだった。

梅雨が明け、真夏を迎えた頃、米の花が開いた。カケルは、水を落とし田を乾かすよう、マナに伝えた。秋も深まると、いよいよ収穫の時を迎えた。
泉を発見し、水路を水で湛え、上の地にも中の畑にも、水田を広げた結果、ウスキの村には、これまでに無いほどの大量の米が収穫できた。
「もう、蔵にも収まりませんよ。」
伊津姫のもとには、嬉しい悲鳴が村人から寄せられ、村の蔵を新たに一つ造ることになった。
村人がみな協力し、大きな蔵を作り上げるころ、カケルは一つの決意をしていた。

「マナ、もう、水守の仕事は覚えたね?」
「はい、大丈夫。それに、村の人も協力してくださるから・・」
二人は、きれいに刈り取られた田んぼの畔に座り、夕日を眺めていた。
「冬が来る前に、アスカケに出ようと思う。・・もう伊津姫様が立派に村を治めていけるようになったし・・私の役目も終えたようだ。」
「居なくなっちゃうの?」
「ああ、いずれは旅立つ約束で、ここに来たんだ。伊津姫様はそれを知ってるはずだし。」
「どこに行くの?」
カケルは答えに困った。ここに居てももう自分のやるべきことはないと決めたものの、この後、何を求めていくべきかは見定まっていなかったのだ。
西日が、山陰に落ちていこうとしていた。

村の入り口あたりが騒がしかった。
「エン様・・エン様がお戻りになったぞ!」
誰かが、そう叫びながら、館に走ってきた。
カケルとマナは顔を見合わせ、立ち上がると急いで館に向かった。

二人が館に入ったとき、すでに伊津姫は館の階段に姿を現していた。中の畑を抜け、上の地へ、エンを囲んで、多くの村人が歩いてくる。エンは、カケルを見つけると手を上げて合図した。そして、そのまま、伊津姫が待つ館の前に歩いていった。エンは、伊津姫の前で傅いて挨拶をした。
「姫様、ただいま戻りました。」
「ご苦労様でした。無事に戻られて何よりです。」
「急ぎ、お伝えしたい事があります。・・・ヒムカの王が・・ヒムカの王が討たれました。」
村人がどよめいた。
「これで、ヒムカの国も安泰だ!」
エンは、立ち上がり、村の皆のほうに向かって言った。
「いや、そうではない。ますます危うい事になったのだ!」
カケルは、エンの言葉の意味がわかった。
「エン!・・良く戻ったな。・・・王を討ったのは、タロヒコか?」
「ああ、そうだ。タロヒコが、王を討ち自らヒムカの王となると宣言した。」
「なんと・・非道な事を。・・それで?」
「ああ、タロヒコには五人の側近がいる。そいつらはめっぽう強くて、ほとんどの兵は逆らえずそのまま軍となり、周囲の村村を襲い始めているのだ。」
村人に一人が尋ねる。
「ここへも来るのか?」
「いや・・今は、海沿いを南へ下っているところだ。・・キハチ様が、兵に紛れ、奴らの動きを探っている。北へ向かうとなれば、すぐにここへ戻ってくる約束だ。」
村の者は少し安堵した様子だった。
「・・いつ、こちらへ向かってくるかも知れぬ。・・村の守りを固めて置いたほうが良い。・・だれか、ウル様に使いを・・一度、ここへ戻ってきてもらえるように伝えてもらえぬか。」
すぐに、若いミコトが、猩猩の森へ走った。
「詳しい話は、館の中で・・さあ。」
巫女がそう促し、エンは館へ上がりかけ、「おい、カケル、お前も来い!」と言った。
巫女は少し困った表情を見せたが、この先の相談には必要だと考え、許した。

館の広間には、伊津姫、巫女、エン、カケルが真ん中に座った。周りを囲むように村人が座った。
エンは、ノベの村で見たことを皆に聞かせる。
「ノベについて、すぐに、変な噂を耳にしたんだ。・・タロヒコが、どこからか見知らぬ男たちを向かえ、夜な夜な、祈祷をしているというんだ。・・・その男たちは、真っ黒な衣服に身を包み、見上げるような背丈で、大剣や槍を手にしていたらしい。・・俺とキハチ様は、すぐに兵に紛れたんだが、兵たちは皆、タロヒコが連れてきた男たちを恐れていた。・・近寄ると、死臭がするとか、目が異様に光っているとか・・とても人ではないような事を言っていたんだ。」
「エンは、そいつらに会ったのか?」
「いや・・・近寄る事はできず、遠めに見た限りだが・・・やはり変だった。5人とも皆、同じ背格好だし・・目以外は全身真っ黒な布で覆われていて・・」
「王はどうやって討たれたのだ?」
「・・いや。詳しくは判らないが・・タロヒコが兵を前に、王は病に倒れ、次の王に自分を指名したと宣言したのだ。・・おかしい事に、王が死んだのにも関わらず、弔いもせず、墓も作らない。王の遺骸すらないのだ。その事に不審を抱いた兵たちもいたが、次の日には居なくなっていた。・・・逆らうと殺されるという噂も広がって・・みなタロヒコに従わざるを得ないといったところさ。」
「南へ向かったのは本当か?」
「ああ、海沿いに村を襲って・・・」
カケルは、モシオの村の事が気がかりだった。強固な砦を備えているだけに、抵抗して無用に命を落とすのではないかと心配になった。
「伊津姫様!私は、南へ向かいます。」
カケルはそう言って立ち上がり、館を出て行った。慌てて、マナが後を追った。

彼岸花2.JPG
nice!(16)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 16

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント

トラックバック 0