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-ウスキの村‐15.川を下る [アスカケ第2部九重連山]

15.川を下る
カケルは、村のはずれに用意された家に戻り、旅支度を始めた。荷物といってもほとんどないが、一刻も早く、モシオの村を救いに行かねばという考えが頭の中を廻っていた。
「カケル!入るぞ!」
カケルを追って、マナとエンが家に入ってきた。落ち着かぬ様子のカケルを見て、エンが言った。
「なあ、カケル、落ち着け。・・奴らは、モシオの村にはそんなに早くに着かない。・・あいつらは、先々の村を襲っては、服従させていくはずだから・・。」
そう言って、囲炉裏に火を入れて座った。カケルも、マナに促されて座った。
「カケル、南へ向かうなら、ひとつ頼みがある。・・ミミの浜へ寄って欲しいのだ。・・恩返しをせねばならない。」
「どういうことだ?」
「ああ・・ここを出て、ノベの村でヒムカの兵に加わった後、タロヒコの悪行を知り、兵を抜け出そうとしたんだが・・見張られていてなかなか抜けられなかったんだ。その時、ミミの浜の漁師が手助けをしてくれた。・・お前も覚えているだろう、クグリ様が殺された時に居たミコトたちだ。」
ミミの浜の出来事は、カケルの脳裏に焼きついて離れない。
「・・きっと、兵に全てを奪われ、食い物にも困っているはずだ。・・・さっき、伊津姫様にも話したんだが・・今年は、たくさん米が穫れたそうだな。そいつを少し分けてもらいたいんだ。もう、姫様には許しを戴いている。」
「わかった・・だが、どうやって運ぶのだ?」
「それなら大丈夫さ。舟で運べるようにする。兵を抜ける時、キハチ様からも、弟たちを使ってくれと言われている。」

まだ、夜が明けきらぬ中、蔵から米袋が運び出され、小舟三艘に積み込まれた。キハチの弟たちが、船頭となり、五ヶ瀬川を下る事になった。支度が終わった頃、カケルは深い淵へ降りる石段の前に居た。伊津姫が、巫女と供に見送りに来ていた。
伊津姫は、カケルとはもうこれきり会えないような気がしていた。
思い出してみると、物心ついてからずっとカケルの後を追っていた。傍にカケルが居るのが当たり前に感じ、いつも自分を守ってくれる、そう思い込んでいた。今、こうして、別れを迎え、寂しさや心細さだけでなく、何か自分の一部がなくなるような不思議な感覚を覚えていた。
「エン、姫様を頼むぞ!」
「ああ、しっかりお守りする。これが俺のアスカケだからな!」
カケルはあえて、伊津姫とは目を合わさなかった。
「それでは、行って参ります。皆さん、お元気で。」
マナが、駆け寄ってきて、手を握って言った。
「カケル様、ご無事で・・きっとここへ戻ってきてください。ずーっと待ってますから。」
その言葉は、伊津姫の想いと重なり、思わず涙を零しそうになった。
カケルは、じっとマナの目を見てから、
「お前も、村のためにしっかり仕事をするんだよ。いつかまた会えるだろう。」
カケルの言葉は、マナだけでなく、伊津姫に向けての言葉でもあった。
猩猩の森から慌てて戻ってきたウルも顔を見せた。
「五ヶ瀬川を下れば日暮れにはノベに着ける。そこから、海を進めば、ミミの浜まではわずかだ。」
ウルの言葉に、カケルは強く頷き、礼を言った。
朝靄の中、五ヶ瀬川の流れに乗って小舟を進めた。

途中、何箇所も急流や瀬が行く手を阻んだが、キハチの弟たちは、ものの見事に舟を操り、夕方近くにはノベの村に着いた。ノベの村には人影も無く、随分荒れていた。その様子から、タロヒコの兵たちの悪行はすぐに判った。
そこから一旦海へ出て、岬を回るとミミの浜が見えた。
「私が様子を見てこよう。」
ミミの浜の船着場に着いて、すぐにカケルは集落へ向かった。
ヒムカの兵たちは随分、村を荒らしたようで、所々の家は焼け落ちていた。カケルは、エンに聞いた漁師の名を呼んだ。
「コゼ様!コゼ様は居られぬか?」
夕闇の中、カケルの声が村に響く。村の中ほどまで来た時、数人の人影が見えた。
「コゼ様!・・カケルです。エンに頼まれて参りました。」
「カケル?・・・エン様の使いか!」
そう言って、一人の男が右足を引きずりながら、ゆっくりと近づいてきた。
「おお、貴方様は、ミミの浜でお会いした・・・おひさしぶりです。」
「エンが、あなた方にお世話になったと聞きました。」
「いえ、私は、あなた方に命を救われた恩返しをしただけです。」
「エンの頼みで、ウスキの村から米を運んで参りました。・・ヒムカの・・いや、タロヒコの兵に襲われ、この村には食べ物も不足しているだろうと、エンが言っておりました。」
「まことですか・・確かに、全てを奪われ、皆、腹をすかせておる。そうか・・そうか・・おい、皆、出て来い。エン様からの贈り物だそうだ。」
静寂に閉ざされていた村の中に、響くコゼの言葉に、家々から人々が顔を見せた。
「船着場にあります。運んでください。」
その言葉で、村の者はみな、船着場に向かった。
「これだけあれば、皆も元気になるでしょう。動けるようになれば、漁にも出られる。・・もう大丈夫です。本当に、ありがたい。神の様じゃ・・。」
コゼの言葉に、村のものも、皆、涙を流し喜んだ。
「コゼ様・・・」
脇に居た娘が、小さな声で何か言おうとしていた。
「どうした?」
「・・コゼ様・・こんなにたくさんのお米があるなら、少し、ノベにも分ける事はできませんか・・」
「おお、そうであったな。お前の姉様が確か、ノベに嫁いだのであったな。・・そうか・・」
コゼは少し考えてから、米を運び始めた村人を制するように言った。
「皆の衆、聞いてくれ。・・我が村ではこれほど無くとも良いだろう。・・どうだろう、ノベにも分けてやれぬか・・あそこも、随分困っているはずだ。どうだ。」
村人は顔を見合わせ、ごそごそと相談していた。しばらくすると、
「そうだ、それが良い、ノベだけでなく、他の村にも分けてやろう!」
コゼは、村人の声を聞いてから、カケルに告げた。
「皆の思いは一緒です。・・我らは、ひと舟ほどあれば足ります。他にも困っている村があるはずです。残りをぜひ分けてやってください。」

五ヶ瀬川4.jpg
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