SSブログ

-ウスキの村‐17.朝日のモシオ浜 [アスカケ第2部九重連山]

17.朝日のモシオ浜
岩陰を右手に見ながら、舟は順調に南へ下っていく。カケルは、ズクの言うとおり、筵を被り、眠った。舟のゆれが心地よかった。
どれくらいの時間が経ったのだろうか、カケルが目覚めた時には、東の海面と空の間が、少し白んできている。
「カケル様、もうすぐ着きます。ほら・・・見えませんか?」
ズクが指差すほうに視線を遣ると、低い山並の中に、ぼんやりと砦が見えていた。
「そろそろ、朝日が昇ります。・・陽が昇る前に舟を着けなくては・・どこに着けましょう?」
「ええ、河口から回り込むと、砦の裏手に船着場があります。そこに回ってもらえませんか?」
ズクは、モシオの浜の前を通り過ぎ、河口に舟を走らせた。カケルは、じっと砦の様子を見ていた。
どうやら、まだ、タロヒコの軍は着いていないようだった。

砦には高い物見櫓が建っている。そこには、アスカが居た。アスカは、物見櫓ができてから、塩作りの仕事の合間には、ほとんど物見櫓に上がって、外の様子をみるのが習慣になっていた。
この日も、朝日と供に、起き上がり、物見櫓の上から遠くを見ていた。アスカは、すぐに、モシオの浜を横切る小舟を見つけた。こんな早朝に漕ぎ出る舟などないはずだと考え、じっと目を凝らし、横切る船の様子を見入っていた。そして、舟の人影を見つけると、すぐに、カケルだと確信した。
アスカは、あの日からずっとカケルを待っていた。別れ際に、必ずここへ戻るとカケルは約束をした。しかし、村人たちには、決してそんな事は無いと否定されていた。それでも、アスカは毎日物見櫓に昇り、カケルの姿を探していたのだった。
「カケル様が!カケル様が戻られた!」
アスカはそう叫びながら、村中を走り回った。その声に、村人たちは起き出して来た。アスカは、小舟が船着場に着くと考え、村の裏手に回った。村人も、半信半疑ながら、アスカのあとを追った。

ちょうど、カケルを乗せた小船が船着場に入ってきたところだった。アスカは、船着場の階段を転げ落ちそうな勢いで走り降りた。そして、カケルの姿をしっかりと確認すると、舟の上に居るカケルに、飛びつき抱きついた。
「カケル様・・カケル様・・会いたかった・・ずっと・・ずっと会いたかった・・」
抱きついたまま、アスカは泣きじゃくった。
モシオを離れてすでに3年の歳月が流れていた。幼かったアスカも、すでに13歳になっていて、体も随分大人びていた。
「おい、アスカ、危ない!・・ああっ!」
カケルは、揺れる小舟に足元をすくわれ、アスカを抱いたまま、水の中へ落ちた。
ちょうど、村人たちが船着場に着いた時に、ざぶんという音とともに水柱が上がった。何が起きたのか、ズクも驚いて、水の中の様子を見た。すぐに、二人は、水の中から顔を出した。
「こら!アスカ、危ないじゃないか!」
「ごめんなさい・・」
久しぶりの再会に、アスカもカケルも心が躍った。村人たちも、カケルの帰還を喜んだ。

水から上がると、モシオの姫クレが待っていた。隣には、クスナヒコが立っていた。
ずぶ濡れになりながら、カケルは、クレとクスナヒコの前に跪き、頭を下げた。
「お久しぶりです。・・皆さん、お元気そうですね。」
その言葉に、クレが答えた。
「よく戻られました。貴方のお陰で、この村はますます豊かになれました。それに、この人も戻ってきてくれました。本当に、何とお礼を言えばいいのか・・・。」
そして、クスナヒコも続けた。
「サイトノハラ以来だな。・・たしか、ウスキへ向かったのではなかったか?他の皆さんはどうされている?」
「ええ。エンとイツキは、ウスキに留まり、村のために働いております。・・実は、ヒムカの王に異変があり、急ぎ、ここへ参ったのです。」
「そうか・・まあ、詳しい話は、館で聞こう。疲れただろう、少し休むと良い。」
「はい、ありがとうございます。・・それから・・この者は、ミミの浜の漁師、ズク様です。・・夜目が利くすごい方です。夜通し、舟を漕ぎ、私をここまで送ってくださいました。できればお礼をしたいのですが・・私にできる事もなくて・・すみませんが、どこか、良い場所でお休みいただくわけにはいきませんか。・・それと、日の光が体に障るようなので・・暗いお部屋をお願いしたいのですが・・・」
「判りました。カケル様の恩人ならば、我らにとっては、大恩人。すぐに、良いお部屋を用意しましょう。・・さあ、ズク様、こちらへ。」
ズクは、モシオの村人が、カケルの帰還を予想以上に喜んでいる事や、自分を大層丁重に迎えてくれることに少し戸惑いつつ、人の役に立つという事がこれほどに生きる喜びを感じさせてくれるという事実を初めて体験していた。今まで生きてきて、これほど感謝される事に心が震え、思わず涙が零れそうになっていた。
「ちょっと・・待っておくれ。」
一人の老婆が、ズクの傍にやってきた。
「お前さん、夜目が利くと言ったが、・・昼間は、日の光が眩しくて外を歩けないんだろう?」
「はい・・幼い時から・・・」
「ちょっと、目を見せておくれ。」
その老婆は、じっとズクの目を見ていた。そして、
「やっぱりねえ・・私の息子と同じだ。・・小さい時に死んでしまったが・・・そうかい・・それなら、うちへ来ると良い。・・うちなら、昼間でも真っ暗になってる。・・少し休みたいんだろう。」
それを聞いて、クスナヒコが言った。
「それが良いだろう。・・この婆様はハル様だ。一人息子のタズヒコ様は、ズク様と同じように夜目が利いたんだ。もう随分昔に亡くなったんだが・・・生きておられた頃は、この村の守り神みたいなもんだったんだ。」
「守り神?」
いつもミミの浜では役立たずと思い、家に引きこもっていた自分とは正反対のようだった。
「そうさ、タズヒコ様は、夜、獣が村を襲わないよう、火の番をされていた。それに、日が落ちるまでに戻らぬ村人を探してくれたんだ。タズヒコ様が居らした時、我らは夜の闇は怖くなかった。」
「そんな・・。」
信じられないという表情をしているズクに、クレは言った。
「人は皆、生きる役目があるはずなのです。役立たず等という人は誰も居ないはずです。」
カケルも、頷き、ズクの肩を叩いた。
「良かったら、これを使っておくれ。」
老婆ハルは、両端に紐が付いた薄い板切れをズクに手渡した。
「ほら、目の前に当てて縛るんだ。目を守ってくれるものさ。息子が使っていたんだ。どうだい?」
板には細い切れ込みが入っていて、目に届く光を減らしてくれた。
「これはいい、これなら多少お日様が出ていても、大丈夫です。ありがとうございます。」

朝焼け2.jpg
nice!(13)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 13

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント

トラックバック 0