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3-2-15 雪の峠 [アスカケ第3部遥かなる邪馬台国]

15. 雪の峠
 大里の者総出で、偽りの里作りは始まった。南の里からは、廃れた村の家をばらばらにして運び込んだ。西の谷のシュウは、丸木舟を作り始めた。大里では、楼閣のための大木の切り出しが始まった。並行して、いつもの冬支度もしなければならなかった。足の傷が癒えたアスカは、カケルとともに、立野に行き、峠から偽者の里への道作りを手伝った。皆、必死に仕事をしたが、この年は例年より早く雪が降り始め、外輪山には積雪が見えるようになった。里も、雪化粧となり、終には作業が出来ないほどになってしまった。辛うじて、泉の水の流れを変える堤は出来上がった。
 雪が積もる立野の家には、カケルとアスカが居た。二人は、道普請と同時に、西から姿を見せるはずのラシャ王の軍を見張っていた。
 その日の朝も、吐く息は白く、辺りは凍りついていた。薪を取りに表に出たアスカが、いつものように、西の方角を見ると、小さな煙が立ち上っているように見えた。アスカは、家に戻り、カケルを呼んだ。
「ねえ、あそこ。あれ、煙じゃないかしら・・。」
カケルはじっとその方角を見た。幼い頃から、カケルの視力は人並み外れて良かった。
「ああ・・確かに、煙だ。・・他にも数箇所、ある。・・いよいよ、やって来たようだ。・・」
「すぐにここへ来るでしょうか?」
「いや・・この雪だ。例え、登って来たとしても峠を越えるのは無理だろう。」
ついに、間近に敵が迫ってきた。春になれば、戦になるかもしれない。
「私、大主様にお知らせして参ります。」
「大丈夫か?」
「平気です。・・馬で行きますから・・。」
アスカは、道普請の頃に、乗馬を身につけ、カケルよりも上手く扱えるほどになっていた。
「雪道だ、ゆっくり行きなさい。急ぐ事はない。」
「はい・・」

冬場になると、それぞれの里の者は、全て、大里に引上げて、春を待つ。大里は、外輪山の裾野に広がる深い森の中を切り開いて作られていたが、この辺りには雪が積もらなかった。近くに、湯を噴き出す温泉が幾つかあり、川の水も凍らない。大里の中には、温泉の湯を引き入れてあるところがあり、冬でも暖かかった。子どもたちは、社の前にある広場で、元気良く遊んだ。女たちは、織物や竹細工など、次の春に備える仕事に精を出した。男たちは、大里の普請や薪作りに精を出した。大主をはじめ、主たちは、それぞれの里の様子を見て回った。

「大主様!大主様!・・敵が、瀬田の地までやってまいりました。」
社に飛び込んだアスカは、すぐに叫んだ。奥から、ゆっくりと姿を見せた大主は頷いた。
「今日、明日には来ない。おそらく雪解けを待ってやってくるだろう。・・皆に、心するよう伝えよう。」

数日後の事だった。その日は、北西風も止み、冬晴れの空が広がったのを見て、カケルは峠まで行ってみることにした。瀬田にまでやってきた兵が、雪の中を進んでこないとも限らない。そう心配して、様子を探る事にしたのだった。アスカも供をすると言うので、ゆっくりと様子を見ながら峠道を登った。
峠に着いて、見下ろした。一面雪景色が広がっている。
「これほど雪が深くては、登って来れないでしょう?」
アスカが言うと、カケルはじっと遠くを見てから、
「静かに・・」
そう言って、身を低く屈めた。アスカも慌てて屈んだ。
「・・・あそこに・・何か・・人か?・・・」
太い杉の木が重なり、雪を被っていない根元辺りに、人が蹲っているのが見えた。二人は静かに近づいていった。カケルは、アスカに止まるように手で制した。懐に潜めていた小刀を取り出し、音を立てずに近づいた。杉の木に隠れるように、背後に回り、一気に首元を掴んで小刀を構えた。
「何者だ!」
しかし、反応が無い。辺りを見ると、他にも数人、横たわっている。どれも冷たくなって、死んでいた。服装から、明らかに里の者ではないことは判った。
「カケル!こっち!」
アスカが指差したほうに、ひとり横たわっているが、わずかに息があるようだった。
カケルは、近寄り揺り起こしてみたが、微かに息をしている程度だった。
「立野へ運ぼう。」
カケルはその男を背負うと、雪道を戻っていった。

立野にある家に運び、囲炉裏の火を大きくし、男の体を温めてやった。夕方近くになって、男は意識を取り戻した。
「ここは?」
「気がついたか。・・峠で倒れていたので連れて来たのだ。・・どこから来た?」
その男は、家の中をゆっくりと見回して、自分が居る場所を確認しているようだった。
「大丈夫だ。ここは山の中の一軒家だ。訳あって、隠れ住んでいる。さあ、これを飲むと良い。」
アスカが、器に温かい湯を運んできた。男はゆっくりと飲み干した。
「お前は、ラシャ王の兵か?」
男は少し躊躇いながら答えた。
「俺は・・宇土の漁師・・タン。・・突然、大きな船が現れて、おらの村は皆やられた。捕まったものは、兵になるなら生かしてやると言われて・・王は知らないが・・大将はサンウ様だ。」
「あそこに倒れていたものたちも一緒か?」
「ああ、昨日、宇土の者が集められて、五人ほどいた。山越えをせよと命令された。峠を越える道を見つけてくれば、赦してやると言われたんだ。だが、雪が深いのと、寒いのとで、どうにも動けなくなった。皆で身を寄せて凌ごうとしたが・・・」
そう言うと、男は地面を叩き悔しそうに涙を流した。
「瀬田の地にはどれほどの兵が居るのだ?」
「・・・たくさん居た。だが、あそこに着くまでに逃げ出した者もいる。それに、おらたちのように、山越えを命じられて、そのまま戻らなかった者もいる。・・食うものも少なく、寒さに震え、死ぬ者も逃げ出す者もいる。・・・数はわからないが・・随分少なくなった。」
タンの話から、瀬田の地でラシャ王の軍はかなり厳しい状態にある事が判った。しかし、道を探るために、斥候を送っているところからも、いつ、人が入り込むか判らない事も判った。
「これから、どうする?」
「どうするって言われても・・ここを出たところでどうにもならない。どうか、しばらくここへ置いてください。何でもしますから・・どうか・・。」
カケルとアスカは、タンをしばらく置く事にした。

雪の阿蘇3.jpg
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