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3-2-16 雪解け [アスカケ第3部遥かなる邪馬台国]

16. 雪解け
タンを見つけた後は、峠を越えてくる者は無かった。立野から見下ろした辺りに見えていた焚き火の煙もほとんどなくなり、兵たちはもっと平地へ下ったようだった。
いよいよ春を迎えた。いよいよ、下から兵が登って来るだろうと、カケルは毎日、谷の先の様子を見ていた。しかし、足元の「トマキ」辺りには人影は無い。それどころか、瀬田よりもっと先に煙が立ち上るようになったのだ。兵達は、阿蘇を攻めることを止め、引き返すつもりなのかとカケルは考えるようになっていた。
この頃、タンは、西の谷でシュウを手伝い、魚を取るようになっていた。元々、宇土の漁師である。舟を操り魚を取る術は体に染み付いている。海と湖の違いはあるが、どうにか勘も取り戻した。その日も、シュウと二人で、朝から湖に舟を出していた。
「おや・・あれは?」
シュウは、急いで湖の奥へ舟を進めた。

「カケル様!カケル様!」
必死の形相で、タンが崖を上ってきた。
「どうしたのだ?」
「・・ええっと・・シュウ様が・・イ・・イノシシ様をお連れです。」
カケルは意味がわからなかった。
「シュウがイノシシに襲われたのか?」
「いえ、・・ええっと・。イノ・・イノヒコ?様が戻られた・・のです。」
カケルはそれを聞いて、転がるように勢いで崖を降りた。
少し遅れて、アスカとタンも西の谷の里へ降りてきた。
「カケル様。」
イノヒコは少し疲れた表情で、挨拶をした。
「すぐに、大主様のところへ行こう。・・瀬田の様子を話してくれ。」

その頃、大主タツルは、沼に作ったかりそめの里に居た。最近では里の者も、ここを沼里と呼び、南の里の者が、日中はそこで生活するようになっていた。
高楼は三層になっていた。一番上には物見台があり、南の里の者が交替で遠く、立野辺りを見張っている。二階には、広間が作られ、大主タツルはそこに居た。
「大主様、イノヒコ様が戻られました。」
カケルはそう言って広間に入った。
大主タツルは、じっと眼を閉じて何か考えているようだったが、目を開け、皆を座らせた。
「さあ、瀬田の様子を聞かせて貰おう。」
イノヒコは、敵の大将はサンウと言い、総勢千人近くの兵を率いていたが、今では半数近くに減っている事、そして、ラシャ王が宇土からやってきて、サンウに命じて、瀬田の地を開墾し始め、農地を作ろうとしている事を話した。
「不可思議な。ここを攻めるのを諦めたのか?」
不思議な思いで、大主タツルはイノヒコに尋ねた。
「いえ、そうではありません。周囲の村の者を味方に付けるのが狙いです。それに、田畑を広げると同時に、阿蘇へ向かう道の普請も、始めています。」
「なんと・・・では、必ず、ここへ来るということか。」
「ええ・・石を敷いた道を峠に向けて作っています。おそらく、夏を過ぎる頃には、峠までに達するでしょう。」
「伊津姫様はどうしておられる?」
大主タツルが、姫の事を案じる言葉を発するのは初めてだった。カケルは、意外に感じた。
「はい・・・エン様がお傍においでですから大丈夫でしょう。・・カケル様が阿蘇へおいでだと伝えましたので、安心されているはずです。」
それを聞いて、大主タツルは、カケルのほうを向いて言った。
「これまで、我らは一族の掟を守り、阿蘇の御山をお守りするため、この地から一歩も出ず生きてきた。だが、外の世界はどんどん変わっている。この地を守るためにも、外の事をきちんと知る事が大事だと・・カケル・・お前に教えられた。・・伊津姫様は、邪馬台国の王の血を継がれるお方、九重の国々、この阿蘇の地にとっても大事なお方である。我らは、古い掟に背いてでも、姫様をお守りしよう。敵がこの地へ入ったなら、手筈どおりに事が運ぶとは限らぬであろう。もし、戦となれば、命を懸けて姫をお守りする事をここで誓うぞ!」
大主タツルの言葉は、確かだった。
「ありがとうございます。」
カケルは、ようやく阿蘇一族が動いてくれる事を確信した。
「いや、礼を言うのは我らのほうだ。長くこの地で暮らし、穏やかに暮らしてきた。しかし、子らの未来を思う時、このままで良いのかと迷う事もあった。皆、この地で生まれ、この地で生き、死んでゆく。誰もが、何も疑わず、主の言葉を聞き従う。争いごとなど起きず、毎日がゆっくりと過ぎていく。」
「それは一番良い事ではありませんか。」
カケルは答えるように言った。
「ああ。確かに・・・それも良かろう。だが、何か起きた時、皆うろたえる。主が誤っても誰も疑わない。それではいかんのだ。・・それを、カケル、お前に教えられた。幼くして、村を出て、多くの苦難を乗り越え、多くを学んでおる。そうした若者がこの阿蘇にも欲しいのだ。」
「いえ、私は何も・・ただ、姫様をお救いする事だけを考えて・・・。」
カケルは、大主タツルの言葉に戸惑っていた。自らの生きる意味を問うために、アスカケにでたのだが、近頃は、姫を救うだけに明け暮れ、自らに課したものを忘れてしまっていたことに気付き、恥じた。
「いや、それなのだ。・・誰かのために、命を掛ける事ができるかどうか・・わしは、一族を守るためになら命を投げ出す事は覚悟できている。しかし、大里の者がどれほどそう思っているか・・・主達はそう決めているだろうが・・この先、一族を守る若い力が育つか心配なのだ。」
阿蘇へ来て、穏やかで豊かな暮らしを見てきたカケルには、意外な言葉だった。
「本当を言うと、アスカに教えられたのだ。・・カケルに寄り添い、わが身が傷つきながら、必死で尽くす姿。本当に心の中からカケルを想っておるのだろう。それに、イノヒコ様もだ。どれだけ歩いたか、途中、途轍もない苦労もあったろうに、カケルの顔を見るや否や、まずはカケルの身を案ずる等、到底理解できぬほどの心の深さではないか。」
広間に集まっていた主達も、大主タツルの言葉に深く頷いていた。中の一人、南の里の主、レンが立ち上がった。
「大主様、カケル様、我らはこれより、阿蘇一族としてではなく、九重に生きる者として、大いなる邪馬台国をお守りしますぞ。・・邪馬台国を穢す者は許しはしません。なあ、みんな!」
主達はみな立ち上がり、気勢を上げた。

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