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3-2-19 サンウの命 [アスカケ第3部遥かなる邪馬台国]

19. サンウの命
主たちは、用意していた丸木舟でゆっくりと近づいた。松明を手に、水面を照らすと、情けない顔をした男たちが明かりに近づいてきた。
「命が惜しくば、大人しくせよ!」
大主タツルが男たちに叫ぶ。
沼と化した中に身を置きながらも、紺服の男たちは、大人しくしようなどとは思っていなかった。剣を抜き、満足に動けない状態にありながらも、舟に向かってくる。そこに、緑服を着た男たちも加わった。船の上と水の中とで小競り合いとなった。
そのうち、主の持っていた松明を、紺服の男の剣が跳ねた。松明の先が、ふわりと宙を舞い、家の屋根に飛んだ。茅葺の屋根は、すぐに火が燃え広がる。まだ明けぬ夜空を焦がすように高く炎が舞い上がった。そして、次々に、火が燃え移る。あっという間に、沼里のほとんどの家の屋根が炎に包まれた。
水の中の男たちを置いて、主たちは一旦、丸木舟を柵のある土手に着け、土手に上がった。
紺服と緑服の男たちは、燃え上がる家々の間から必死に逃れようと、誰彼無く、押し合い、争うように土手に向かおうとした。
更に水嵩は増してくる。元々、沼だった場所である。大量の水が入って、地面もゆるんで歩く事さえままならない。足を掬われ、押し合ううちに、おぼれる者さえ出た。
主たちは、必死の形相で土手にたどり着いた男たちを、一人ひとり捕え、縄を掛けた。
外の騒ぎに、ようやくサンウが目を覚ました。高楼から下を見ると、轟々と音を立てて燃える家。その炎が照らすのは、暗い水面だった。
「謀られた!」
一旦、下へ逃れようと階段を降りかけたが、水が迫っていた。やむなく広間に戻った時、高楼にも火が燃え移った。
高楼は太いぶなの木を柱に、荒縄でまとめて縛った作りだった。火は、縛り付けている荒縄に燃え移った。次第に、高楼は、強度を失い、ぐらぐらと揺れ始めた。物見台にも火は燃え移り、上からも火の粉が降ってくるようになった。サンウは、もはやこれまでかと諦め、広間に座り込んだ。いや、腰が抜け動けなくなってしまったのだった。
火は、どんどん燃え広がっていた。
カケルは、主たちとともに、土手に這い上がってくる男たちを引上げていた。その時、頭の中で『死なせてはいけない』という声が聞こえた。そして、強い風がカケルに吹きつけた。
カケルは、燃え盛る高楼を見上げた。腰の剣が柔らかな光を発している。カケルが剣を抜くと、全身を痺れるような感覚が走った。
「うおーっ!」
雄叫びを上げると、カケルの体は急にぶるぶると震え、腕や足が太くなり、蓋周りほど大きくなった。獣のような鋭い目に変わった。
カケルは、土手から一飛びすると、高楼にしがみついた。常人では飛びつけるような距離ではない。更に、梁を一蹴りすると一気に、二階に上がり、燃え盛る炎の中へ飛び込んでいった。
「カケル様!カケル様!」
一部始終を見ていた主たちは、突然のカケルの行動に戸惑った。あれだけの劫火の中に飛び込んで、一体どうしようというのか、サンウを救い出すなど無駄な事ではないか。
カケルが飛び込んですぐに、物見台が焼け落ちてきた。黒く漕げた柱がばらばらと降ってくる。そのうち、高楼全体が傾き始めた。強い水の流れに、支柱も動き始めたのだ。
その時だった。二階から、大きな火の玉が飛び出し、水面に落ちた。と同時に、高楼が斜めに大きく傾き、轟音とともに倒れた。高く水柱が上がり、炎を消した。一瞬のうちに、辺りは、夜の闇に包まれてしまった。
「カケル様は?」
「カケル様はどこだ?」
主たちはそう叫びながら、皆、手にした松明を水面近くにかざした。
暗闇にわずかに見えるのは、積み重なった多数の柱だけだった。
主たちは叫び続けた。しかし、一向に返答が無い。
アスカは、震えながら、土手に立ち、じっと暗闇を見つめていた。カケルを呼ぶ声さえ出ない。心臓がどくどくと音を立てる。
突然、全身から淡い光を発し始めた。すっと体が宙に浮いて、水面を進んでいく。主たちは、一体何が起きたのかと驚いた。
アスカは、積み重なる柱の上まで行くと、静かに水面を指差した。
主たちが、その先をじっと見ると、黒い塊が浮いている。慌てて、丸木舟を出した。そこには、半分ほど焼けた朱色の服が見えた。サンウのようだった。主たちは必死に船の上に引き揚げた。そして、その下には、カケルの姿が見えた。水面にすっかり浸かっていた。引き揚げようとすると、足が柱に挟まれている。主たちは、全員、水の中に飛び込んで、柱を持ち上げようとした。
「おい、急げ!カケル様が危ない!」
それを見ていた、タンも水に飛び込んだ。それに習って、黄服の男たちも飛び込んだ。皆で力を合わせ、柱をどうにか動かし、カケルの足を引き抜き、土手まで運んだ。
先に引き揚げられていた、サンウは、多少の火傷はあるものの、息はしているようだった。
カケルを乗せた丸木舟が土手に着いた。
「おい、ゆっくり運べ。足をやられている、気をつけろ!」
主も黄服の男たちも、協力して土手に引き揚げた。
「駄目だ、息をしていない。・・どうしよう!」
「駄目だ、カケル様、死んじゃあ駄目だ!」
「大主様!カケル様をお救いください!」
大主タツルも如何すれば良いか途方にくれていた。主たちは落胆した表情で、横たわるカケルを見ている。
アスカが、再びゆっくりと土手に戻ってきた。そして、静かにカケルの脇に座った。まだ、全身から柔らかな光を出したままであった。
アスカの手が、カケルの胸元に伸びて、そっと触れた。柔らかな光が、カケルの全身を包み込んだ。どれほどの時間が過ぎたろう、一瞬の様でもあり、長い時間だった様でもあり、皆、息をするのも忘れるほど、その様子を見入っていた。
「ごほっ!」
突然、カケルが水を噴き出した。そして、大きく息を吸った。
「おおーっ!」
息を吹き返したカケルを見て、皆が歓声を上げ、抱き合った。
「もう・・大丈夫・・でしょう・・・」
アスカはそう言うと、その場に倒れこんでしまった。
空が次第に白くなり、阿蘇の御山の向こうから、朝日が差し込んできた。
夜明けが来たのだった。

炎2.jpg
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