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3-2-20 目覚め [アスカケ第3部遥かなる邪馬台国]

20. 目覚め
 朝日が差し、ようやく沼里の様子がわかるようになった頃、カケルとサンウ、そして
アスカの三人は、沼里の北の泉の畔まで運ばれていた。
 最初に、目を覚ましたのは、サンウだった。あれだけの劫火の中に居たはずだが、軽い火傷程度の軽症であった。うっすら目を開けたのを見つけたのは、タンだった。
「大主様、サンウが目を覚ましたようです。」
大主タツルをはじめ、主たちが取り囲んで様子を見た。
「ここは・・」
サンウは、火の中で気を失い、その後のことを全く覚えていないようだった。
「カケル様が、火の中からおぬしを助け出したのだ!」
うっすらと火の中で誰かが叫ぶような声を聞いたような気がしていた。
「何故、そんな・・私は、阿蘇を攻め落とそうとやってきたのだぞ。何故・・」
それを聞いてシュウが言った。
「そうさ、助ける事なんか無かったんだ。・・お陰であれだけの怪我を・・。」
「何?カケルは怪我をしているのか?」
「カケルと気安く呼ぶんじゃない!命の恩人だぞ!」
サンウはゆっくりと体を起こした。小さな火傷はあるがどこも痛くなかった。そして、辺りを見回すと、横たわるカケルを見つけた。
カケルは、髪があちこち焼け、顔にも火傷のあとがあった。そして、右足は紫色に大きく腫上がって変形していた。おそらく、体中、傷だらけになっているはずだった。
「生きているのか?」
「ああ・・息はしている。だが、足にあれだけの傷があるのだ、この先もどうなるか・・」
大主タツルが答えた。脇には、アスカが横たわっていた。
「あれは・・確か、峠から里まで我らを案内した娘ではないか、あの娘も怪我をしているのか?」
「いや・・・疲れているのだろう・・・アスカの力で、お前達を水の中から見つける事が出来たのだ。アスカもお前の命の恩人だ。」
サンウは不思議だった。これまで、不知火から八代、宇土を経て兵を率いてきた。幾多の人を殺めたか覚えても居ないほどだった。危うい時もあったが、容赦なく人を殺める事で生き延びてきたのだ。命を救われる事などありはしないと考えていた。おそらく、率いてきた兵の中でさえ、自らの命と引き換えに、わが身を救ってくれる者などありはしない。そう想ってきた。ましてや、敵なのだ。劫火の中に追い詰める事は、戦の定石でもある。そこで命を救うなどありえないことなのだった。
「判らない・・何故だ・・判らない・・。」
そう呟くサンウに、大主タツルは言った。
「カケル様はそういうお方なのだ。誰一人殺めてはならぬと言い、劫火の中へ躊躇無く飛び込んで行かれたのだ。・・・。」
「何というお方を敵にしたのだ・・・王の命令とはいえ・・情け無い・・わが身が憎らしい。」
サンウはそう言って泣いた。
「アスカ様が目覚めされましたぞ。」
様子を伺っていたシュウが言った。
「おおっ。」
主たちは一様に喜んだ。目の前で見た、淡い光に包まれたアスカの姿は、もはやこの世のものではなかった。天女を見るようだった。あの時の不思議な光、そして宙を浮く姿、今でも現実のものとは思えなかった。目の前に横たわる、アスカの姿もまた、天女か女神のように見えていた。
アスカは眼を開くと同時に、ぱっと起き上がり、
「カケル様、カケル様は?」
そう言って、周囲を見た。脇に傷だらけのカケルの姿を見つけると、すぐに手を取り、頬を擦り、労わった。その時、あの淡い光が水滴のように零れた。
「ううっ。」
小さく搾り出すように声を発して、カケルも目を開けた。そして、目の前のアスカの顔をじっと見た。
「カケル様!」
「アスカか・・大丈夫か・・。」
アスカは両目から大粒の涙をぽろぽろと零し、頷いた。
「・・また・・お前に救われたな・・ありがとう。・・」
アスカはカケルにすがり付いて泣いた。カケルはアスカの体を優しく抱いて、ゆっくりと起き上がろうとした。しかし、全身に痛みが走り、顔をしかめ、また横になった。
「どうやら・・随分とひどい怪我をしているようだな。」
アスカの顔を見て、まるで他人事のような言い方で少し笑った。
「もう・・無茶はしないで下さい。」
カケルの言い方にまたアスカは涙が零れた。
「カケル様、サンウは無事です。先ほど目を覚ましました。」
「そうか・・良かった。」
カケルは安堵したように目を閉じた。
「あんな奴、死んじまえば良かったんだ!」
タンは、恨めしそうな声で言った。
おおかたの主たちも同じ思いだった。
「いや・・違うのだ・・・上手く言えないが・・どんなに酷い奴でも、命を奪ってはいけないのだ。生きていれば、やり直せる。償える。また、誰かを救うことも出来る。命を軽んじてはいけないのだ。・・そう、母様が教えてくださった。」
カケルは、火に飛び込む直前に、頭の中に響いてきたあの声は、さっと拭きぬけた一陣の風は、きっと母様に違いないと思っていたのだった。
主たちの後ろで、カケルの言葉を聞いていたサンウは、声を上げて泣いた。大の大人が、空に向かって声を上げて泣いた。
『母』という言葉に、何か、遠く忘れてきた大事なものを思い出し、これまでの自分の所業を悔いた。遠く、故郷を思い出し泣いた。救われた事に泣いた。己の定めに泣いた。
水の中から引き上げられ縛り上げられている紺服の男たちも、同じように泣いている。主たちも、泣いていた。

阿蘇の朝日2.jpg
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