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3-3-4 白川を下る [アスカケ第3部遥かなる邪馬台国]

4. 白川を下る
切られた兵の一人が、アスカの足元に転がった。その兵は、アスカに助けを求めるように手を伸ばしたが、その手は肘のところが切れぶらぶらとし、真っ赤な血が噴出していた。アスカはあまりの恐怖でガタガタと震え、強くカケルの手を握った。
その力で、カケルの体には、瞬間的に痺れた感覚が走った。そして、カケルの体は、手足がぶるぶると震え、大きくなり、まるで野獣のように変わり始めた。
カケルは、低い唸り声を発し始めた。その声は、周りで争う兵たちにも聞こえた。不気味でおぞましい、狼か熊か、身の毛も弥立つ様な低い唸り声だ。皆の動きが止まった。
「カケル様?」
アスカの声はカケルには届いていないようだった。
カケルは、剣を高く翳すと、空に向かって響き渡るような雄叫びを上げた。
皆、その声に恐れをなして、その場に座り込んでしまった。
カケルは、高く飛び上がり、館の屋根に上がった。雲間から漏れる月明かりに浮かんだその姿は、人間とは思えないほどに大きく見えた。
「皆、剣を捨てよ!」
カケルの声は、館の隅々にまで響き渡った。そして、剣を大きく振り回した。剣の先からは怪しい光が広がり、その動きに呼ばれるように、強い突風が吹き始めた。館を取り囲むようにぐるぐると吹き荒れる風は、館を取り囲んでいた塀をなぎ倒した。
皆、驚いて、剣を投げ捨て、頭を地面こすり付けるようにして蹲った。

静まった様子を確認すると、カケルは再び、屋根から飛び降りると、まっすぐ、館の中に飛び込んだ。
「さあ、ラシャ王!出て来い。」
しかし、そこには、紺服の男が数人倒れているだけで、ラシャ王も伊津姫の姿もなかった。
「どこに行った?」
カケルは、玉座の後ろの隠し扉が開いているのを見つけると、飛び込んだ。そこには、細い水路が引かれていた。ラシャ王が作らせたものだろう。カケルは、必死に、その水路を辿った。いつしか、カケルの体は元に戻っていた。エンとアスカも松明を手に後を追った。暗闇の中、月の光に、わずかに光る水面を辿っていくと、白川に出た。数隻の小舟が残されていたが、誰の姿も無かった。カケルは、遠く川下まで探るように見つめたが、何も見つけれなかった。
「ラシャ王は?」
ようやく、エンとアスカが追いついて訊いた。
「どうやら、ここから船を出し、川下に下ったようだ。」
「ちくしょう、あと一歩だったのに。」
エンは悔しそうに、川面を見つめた。
「エン、済まなかった。もう少し、早く、ウスキに戻っていれば・・・。」
「いや、俺のほうこそ、伊津姫様の守人の役を全うできなかった。すぐ、お傍に居たのだが、どうにもできず・・・カケルが阿蘇に居ると聞き、機会を待っていたのだが・・・済まない。」
エンは、カケルに詫びた。

「カケル様、お体は?」
アスカが心配して言った。これまでは、獣のように変化した後、必ず疲れきって気を失っていたのを覚えていた。
「ああ、大丈夫のようだ。・・・アスカこそ、大丈夫か?」
「はい。私は大丈夫です。・・」
三人が、館に戻ると、皆、おとなしく座り込んでいた。戻った三人を見つけると、シオンがやってきた。
「ラシャ王は?」
「姿は無い。闇にまぎれて逃げてしまったようだ。・・サンウ様はどうだ?」
「ええ、傷は深いようですが、命に別状はないでしょう。」
「そうか、良かった。」
サンウは、館の広間に寝かされていた。タツルの姿もあった。

「ラシャ王は、我らの謀を知っていたようです。おそらく、阿蘇の大里に、密使が居たのでしょう。逃げられました。」
カケルは落胆した表情でタツルに言った。
「やはり、一筋縄ではいかないようだな。・・」
タツルが言うと、横になっていたサンウが続けた。
「申し訳ありません。・・浅はかでした。・・」
「いや、サンウ様のせいではありません。皆で相談して決めたことです。ラシャ王が一枚上手だったと言うことです。」
「これからどうする?」
タツルが、カケルに問う。
「まだ、伊津姫様は囚われたままです。夜明けを待って、後を追います。」
「そうだな・・ラシャ王は今わずかな兵で敗走している。何をするかわからぬ。一刻も早く追いつき、姫をお救いせねばなるまい。」
タツルも同意した。
「私もお供させてください。」
サンウが言った。
「いえ、貴方はまずその傷を治すことです。」
「しかし・・まだ私はカケル様の恩に報いておりません・・どうか・私もお連れください。」
サンウは傷ついた体を起こしながらカケルに懇願した。
カケルは、そういうサンウを諭すように言った。
「貴方には、この里を守っていただきたいのです。・・この先、我らがもしもラシャ王に敗れれば、また、この地や阿蘇へ兵を進めるかもしれません。そのためにも、サンウ様にはこの血に留まり、守りを固めていただきたいのです。」
タツルは、カケルの真意を理解し、続けた。
「それが良い。わしもそれなら安心だ。阿蘇の一族は、戦を知らない。ラシャ王に限らず、いつまた、阿蘇を侵そうと考えるものが出るかも知れぬ。わしからも頼む。そなたの知恵と力でこの地を強くしてもらいたい。そして、阿蘇と外の地を繋ぐ役を担っていただきたい。」
タツルは、サンウの手をとって話した。
サンウは、ラシャ王から離れ、初めて人の役に立つ生き方を与えられたようだった。
「何ということか・・・承知しました。どれほどのお役に立てるかわかりませんが・・この命続く限り、この地で阿蘇をお守りいたします。」
「頼みます。」
カケルもサンウの手を握った。

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