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3-3-6 解放と逃走 [アスカケ第3部遥かなる邪馬台国]

6. 解放と逃走
「逃げ足の速い奴だな。」
エンは、水路の桟橋に座り、遠くを眺めてため息混じりに呟いた。
「ああ、これでは何時になっても姫をお救いすることはできない。」
カケルの言葉には焦りがあった。
「ここで海を眺めていても仕方ない・・戻って、どうするか相談しよう。」
エンとカケルは、タクマの里にある館に入った。
館には主だった者達が車座になって座り込んでいた。
「おお、カケル様、ラシャ王は?」
真ん中に座っていたタツルが訊いた。
「船で沖へ出たようだ。」
エンとカケルも輪に加わった。
「ラシャ王は、いったいどこへ行ったのでしょうか。」
カケルは皆に訊いた。
「一旦、沖へ出たあと、宇土か不知火のどこかの島か、いずれにしても、ラシャ王の軍はこの辺りにはたくさん潜んでいます。どこかで軍を立て直し、ここへ戻ってくるのではないでしょうか?」
タンは、阿蘇からずっとカケルに同行していたが、瀬田から先行して、この地へ入り内情を探っていた。タクマに居る兵たちは、近隣の村から集められた男たちだったことや、黒服や紺服の男達は少なかった事なども話した。
「やはり、真正面からラシャ王と戦わねば、姫は取り戻せないのではないでしょうか。」
タツルに同行してきた若い男が言った。この男は、シュウの弟だった。名はレンといった。
「無闇に戦えば犠牲も出る。姫様も危うくなるのではないか?」
タツルが諭すように言った。
「しかし、このままではどこまでも追い続けるだけで・・何も変わりません。」
それを聞いて、タンが言った。
「いや、それは違う。ここまでにどれだけ多くの里を解放できた。みな、穏やかな以前の暮らしを取り戻した。瀬田にも里ができ、ここにも新たな里もできた。火の国はしだいに以前のような豊かな国にもどっている。我らは、これから宇土へ向かいます。わが里を一刻も早くわが手に取り戻したい。」
「姫はどうする?カケル様もエン様も姫をお救いする事が一番の願いなのだぞ。」
タツルが、タンに訊く。タンは困った顔をして口を噤んだ。
カケルは、その様子を見ていて、決心したように言った。
「ここから先、それぞれに自らの目的を達するために、別れましょう。」
カケルの意外な言葉に、みな驚いた。
「阿蘇を出て、ここまで、それぞれの里を取り戻してきました。タクマの地に着いた今、ともに歩む者はかなりの数になっています。」
カケルはゆっくりと話す。
「ああ、この先、これだけの人数が居れば、ラシャ王の兵とて怖くない。」
タツルが応えた。
「確かにラシャ王の兵がどれほどの数になっても恐れることはないでしょう。しかし、これだけの兵が戦をすれば、怪我人や死者も多くなります。また、戦に巻き込まれてしまう里も大変な事になるでしょう。それに、ラシャ王に対抗するということは、他の国にも脅威となるはずです。道を誤れば、九重全体を巻き込んでしまうかもしれません。・・力を持ち過ぎるのは危険だと思うのです。」
「しかし、姫様をお救いするには・・」
タンが訊いた。
「ええ、姫をお救いする事は、私の願いです。ですが、それは戦をする事ではないのです。もっと他の方法を考えるべきなのです。」
「では、どうする?」
タツルが尋ねる。
「宇土や八代にはまだ、ラシャ王に奪われた里は多いでしょう。タツル様やタン様たちは、ここから南へ下り、そうした村を解放していただきたいのです。・・元々、火の国を守る事は、タツル様やタン様たちの為すべき事だと思うのです。姫をお救いするのは、私やエンの役目。」
カケルの決意を聞き、タツルは納得したように応えた。
「うむ、確かにカケル様の言われるとおりだろう。大軍を以てしても、ラシャ王に逃げられればかえって姫を辛い状況に追い込むことになるだろう。村々を解放し、ラシャ王の力を徐々に削いでいくことも良いだろう。」
「是非、そうしてください。」
「で、カケル様はどうされる?」
「私は、エンとアスカ、それとアマリも連れ、海沿いを北へ行ってみます。」
「何故、北へ?」
「ええ、火の国の北にある、筑紫野の国が気になるのです。不知火の辺りにラシャ王が居ればよいのですが、火の国が手中にできないと判れば、次は筑紫の国へ向かうのではないかと思うのです。そうなる前に、何としてもラシャ王を捕まえたいのです。」

ここからは北と南に別れて、ラシャ王を追うことになった。
タツルとレンは、しばらくタクマの地に残り、周囲に残るラシャ王の残党を降伏させ、この一帯を治めることにした。阿蘇から連れてきた若者たちも、タツルを手伝い、火の国を鎮める事に奔走する事になった。
タンは、仲間を率いて、宇土の地を目指し、それぞれに生まれた里を立て直すために奮闘した。
カケルたちは、水路に残っていた小舟を使い、川を下り、有明の海に出てから、北へ進んだ。
有明の海の対岸には、煙を吹く山が見えていた。
「あそこは?」
カケルが、遠くを見つめて言った。エンが答える。
「あれは、雲仙・・絶えず、雲が湧く御山ということらしい。あの麓は、島原だ。こっちと同じ様な小さな村があちこちにあるらしいが・・。ラシャ王が配下を遣って襲わせたようだ。あそこだけじゃない、この海全体が、ラシャ王の支配下になっているんだ。」
「では・・この海のどこもが、ラシャ王の隠れ家になるわけか・・」
「ああ、そうだ。・・ラシャ王を探し出すのは・・。」
エンは、諦め気味に言った。
「いや、ラシャ王は自らの国を得るため、必ず動くはずだ。それにあの大船だ。見つからぬはずはない。」
カケルは、じっと有明の海を見据えてそう言った。

普賢岳2.jpg
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