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3-3-7 海を渡る [アスカケ第3部遥かなる邪馬台国]

7.海を渡る
カケルたちは、有明の海沿いに点在する小さな漁村を一つ一つ廻り、ラシャ王の噂でもつかめないものかと聞いて回ったが、ラシャ王が立ち寄った形跡はなかった。
タクマの里を出て、二月ほどが過ぎた。もうすっかり冬が訪れ、強い北西風で、有明の海も荒れていた。
「いったいどこに消えたのだろう?」
エンは、海辺にある小さな小屋の中で、ひとり、囲炉裏の火に当たりながら呟いた。海沿いを少しずつ西へ進み、「荒尾」という小さな村で、漁師から小さな小屋を借りたのだった。小さな舟を足代わりにここまで来たが、冬の海はさすがに思うようには進めず、しばらくここで過ごすことにしたのだ。
「もう、この辺りには居ないのか。」
カケルは囲炉裏の火の加減を見ながら、答えるように呟いた。
「海の向こうに見える、島原のどこかに潜んでいるのかな?」
落胆したような声でエンが答える。
「島原か・・・」
カケルも、ぼんやりとした表情で答えた。
タクマの地を出てしばらくは、皆、ラシャ王の行方はすぐに判ると思っていた。しかし、日が経つに連れ、焦りから、カケルとエンは何度かぶつかるようになった。陸路で探した方が良いとか、島原へ行ってみようとか、知らぬ土地では何も確証がなく、どうしようもない焦燥感だけが四人に広がっていたのだった。
カケルは、時折、後悔するようになっていた。タクマの地で、タツルやタンたちと別れた事が本当に良かったのか、あのまま、皆の力を借りてともに動いたほうがよかったのではないかと、考えることが多くなっていた。。

「カケル様!カケル様!」
近くの村に、食べ物を分けてもらいに出かけていた、アスカとアマリが血相を変えて小屋に飛び込んだ来た。
「大船を見た人が居ました!」
アスカが息を弾ませながら、言った。カケルとエンは、驚いた表情で立ち上がった。
「本当か?」
「どこで見たのだ?近くか?」
二人の鬼気迫る表情に、アスカもアマリも少したじろいだ。アマリが詰まりながら言った。
「・・そこの・・漁師の・・方が・・・沖で見たらしいんです。」
「どこの沖だ?」
エンが強い口調で訊く。これには、アスカが答えた。
「随分、沖の方で見たらしいの。島原のほうへ走っていく大船が一隻いたらしいの。」
そこまで聞いてカケルが言った。
「一艘とは変だな?・・ラシャ王なら数隻、ともに動いていてもおかしくない。」
「だが・・大船など、ラシャ王以外にはないだろう。・・いや、ラシャ王でなくともその一味には間違いないはずだ。・・島原へ行こう。・・ここに居ても何も変わらないのだから。」

四人は、近くの漁師に、大船を見たときの事や島原の様子を詳しく聞いた。
「この海を渡るのは、俺たち漁師だってやらない。止めといたほうが良い。」
荒尾の漁師は、カケルたちが有明の海を渡ると聞いて強く止めた。
暖かい季節なら、波も穏やかで、小舟でも何とか渡りきれるところだった。しかし、今は冬。向い風の中、高い波を受けて進むのは無謀だと皆判っていた。
「なんとかならないのか!」
エンは、荒尾の浜で小舟を前にして苛立っていた。目の前には、島原が見えている。
「もう少し待とう。春が来れば、波もおさまる。東風が吹けば、うんと楽に行ける。それまで待とう、エン。」
「お前は、伊津姫が心配じゃないのか!今もきっと閉じ込められている。寂しい思いをしている。寒さも・・食べ物さえろくに貰っていないかもしれない・・・じっと、春まで待つなど、俺にはできない!すぐ、そこにいるかもしれないんだ!」
エンは焦りと苛立ちとをカケルにぶちまけた。
「・・無理して行って、波に飲まれたらどうする?・・伊津姫をお救いするなどできなくなるではないか。・・それに、大船を見たと言うのも随分以前のようだ。そこに居るとは限らない。落ち着いてよく考えよう。」
しかし、エンは聞かなかった。ウスキの村を出て、クンマの里を救おうと言い出し、姫を奪われたのは自らの責任だと、ずっと考えていた。姫を守るどころか、危険な目に遭わせ、何もできずに居た自分の不甲斐なさも骨身にしみていた。とにかく、今は一刻も早く姫の居場所を突き止めること、それだけがエンの望みだった。
エンは、小舟の中に座り、じっと海を見つめていた。カケルはこれ以上掛ける言葉を無くし、その場を離れた。

日が暮れ、夜になっても、エンは小屋に戻ってこなかった。
「アマリ、エンを呼びに行ってくれないか。小舟の中に居るはずだ。」
カケルに言われ、アマリは、浜へ様子を見に行って驚いた。
浜に置かれていた小舟がなくなっていたのだ。
「カケル様、エン様が・・・」
アマリの様子に、カケルは何が起きたのかすぐに判った。松明を翳して、浜のあちこちを手分けして探した。わずかな月明かりはあったが、遠く海の先までは見えない。
「エンの奴、海を渡るつもりか?」
「大丈夫でしょうか?」
アスカが訊いた。カケルは、遠く海の先に目線をやって、
「幸い、風も波も今は収まっている。だが、暗い海で行き先を見失わねば良いが・・。」

エンはひとり、小舟を漕ぎ出した。浜を出た時はまだ日があったものの、とっぷりと日も暮れ、わずかな月明かりに浮かぶ、遠くの山陰だけが目印だった。必死に舟を漕ぎ続けた。波こそ収まっているが、有明の海には、幾つもの潮流がある。前に進んでいるつもりでも、潮に流され思うように進めなかった。遠くの山陰も、ほとんど近づいているようには思えなかった。

どれくらい時間が経ったのだろうか、エンはもう疲れ果て漕ぐ力も無くなり、小舟は潮に流されていく。目の前に見えていた山陰を見失い、エンは、天を仰いだ。そして、ついに力尽き、小舟の中に横たわり眠ってしまった。

有明海2.jpg
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