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3-3-8 片腕の男 [アスカケ第3部遥かなる邪馬台国]

8.片腕の男
「小舟が流れてます!」
甲板にいた見張り役が声を出した。
長と思しき者が、指差すほうを見ると、どうやら人が乗っているようだった。
「おい、舟を近づけろ!」
大船はゆっくりと、エンの乗った小舟に近づくと、縄を垂らした。大船から、男二人が降りてきて、小舟の中で横たわるエンの様子を見た。
「死んでるのか?」
「いえ、眠っているようです。この寒さの中で・・かなり弱っているようです。」
「よおし、引き揚げてやれ。」
大船は、静かに波間を進んだ。

エンが目を覚ましたのは、翌朝になってからだった。目を開けると、小窓の外に青空が見えた。自分のいる場所がどこなのか、辺りの様子を目だけで探った。どうやら大船の中に居るのだとわかった。起き上がろうとしたが、力が入らず、動けない。

「目が覚めたか?」
扉を開け、男が入ってきた。大柄で髭面、よく見ると片腕がない。
「あんな小舟で、この海を漂うなど、正気の沙汰ではないな。どこから来た?」
男は、横たわるエンを見下ろして言った。エンは、相手の正体がわからず答えようも無く黙っていた。
「おいおい、助けてやったのだぞ?正直に話せ。」
エンは仕方なく答えた。
「荒尾から来た。」
「どこへ向かうつもりだった?まさか、死ぬために舟を出したのではないだろう。」
「島原へ行くところだった。」
「島原へ?・・とんだ方角違いだ・・・お前を見つけたのは、天草の沖だった。・・潮に流されたのか・・いずれにしても、あの小舟でこの海を渡るのは無理だぞ。・・お前、漁師ではないな。何者だ?何故、島原へ行く?」
天草の沖で自分を拾い上げたと聞いて、エンは驚いた。自分はまっすぐに、島原を目指していたはずだった。
「お前、ラシャ王の手の者か?」
片腕の男は、そう言うと、腰の剣を抜いてエンの顔の前に突き出した。
「正直に答えろ!」
エンは、男が、ラシャ王の名を憎憎しく口にしたことで、敵ではないと直感した。そして、
「私は、エン。ある方の行方を捜しています。そのお方は、ラシャ王に囚われています。ラシャ王の大船が島原辺りに居たと聞き、舟を出したのです。」
男は、エンの言葉を聞いて、急に顔色が変わった。
「もしや・・そのお方は・・姫か?・・伊津姫様の事か?」
「はい。邪馬台国の王の血を継ぐ、伊津姫様です。」
そう聞いて男は、剣を落とし、エンの脇に座り込み、しばらく、俯いたまま動かなかった。
ようやく決心したように口を開いた。
「私の名はバン。伊津姫様を捕らえ、ラシャ王に引き渡した張本人だ。」
「何!・・お前か!・・」
エンは、動かぬ体を無理にでも動かし、床に転がった剣を取ろうともがいた。
「姫を・・姫を返せ!・・ラシャ王は何処だ!・・・・姫を返せ!」
エンは、動かぬ体に苛立ちながら、バンに罵声を浴びせた。
「済まぬ。許してくれ。本当に済まぬ。」
バンは深く頭を下げた。
「私は、姫をラシャ王に引き渡した後、手下のチョンソに斬られた。王は最初から俺を殺すつもりだった。だが、姫が止めてくれて、腕を失っただけで済んだのだ。・・元々、私は、ラシャ王の手下ではない。・・村が襲われ、村の者を助けるために仕方なくラシャ王に仕える事にした。姫を連れてくれば、村を解放してくれるという約束で・・・私は、姫を引き換えに村を守ろうとしたのだ。愚かな事だった。・・本当に済まない。許してくれ。」
エンは、バンの事情を知り、同情しつつも、しかし許せなかった。
「お前のせいで・・今も姫様は囚われたままなのだ。・・だから、ラシャ王の居場所を探すためにこうして・・。」
エンは動かぬ体が悔しくて、涙が零れた。
「私は今、こうして有明の海を回り、ラシャ王を探している。・・許してくれとはいわない。ただ、償いたい。この船も、ラシャ王の手下から奪ったのだ。こいつで、島原や天草の村を回り、ラシャ王の兵たちと戦い、村を解放している。われらの味方もたくさん出来た。・・・隼人の一族も、ともに戦ってくれている。・・エン様、我らとともに、姫をお救いしましょう。いや、手伝いをさせてください。」
バンは、土下座をしてエンに頼んだ。
バンが悔い改め、ラシャ王と戦っている事はエンにも充分理解できた。
「隼人の一族に、ムサシ様は居られなかったか?」
「はい・・ムサシ様が兵を率いて、不知火辺りはほぼ、ラシャ王の手から奪い返しておられた。大船もかなり奪い、今、有明を上って来られるはずです。」
隼人の一族も、おそらく、バンの心からの詫びを受け入れたのだろう。
「判った。・・ともに戦うと言われるなら・・・何より、命を救ってくれた恩人なのだから。・・・姫は我ら九重の者にとってはかけがえの無い存在です。一刻も早く、お救いしたい。」
エンの言葉に、バンは涙を流して喜んだ。
「それで・・島原で見たと言うのは?」
「荒尾の漁師から聞いた話です。随分以前のようだが・・ラシャ王は、阿蘇を我が手にしようとサンウという将を立てて攻めてきたが、カケルや阿蘇一族の反撃にあって、結局、瀬田、タクマへ下り、最後は、白川から有明に逃げた。その後の行方が掴めず、探しているのです。」
「カケルとは・・あの伝説の勇者、カケル様の事か?」
「知っているのですか?」
「隼人の一族からも聞きました。天草でも、勇者を皆待っておりました。」
「ああ、私と同じ、ナレの村から、伊津姫様をお守りしウスキに居た。その後、ヒムカのタロヒコを討ち果たし、村々を回り暮らしを立て直し、伊津姫をお救いするために阿蘇へ。今は、荒尾の浜に居るはずだ。」
「そうか・・カケル様がおいでなのですか。・カケル様が・・よし、荒尾の浜へ行きましょう。」

有明海.jpg
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