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3-3-16 解放 [アスカケ第3部遥かなる邪馬台国]

16. 解放
「俺の名は、ムウという。タヒラの村で穴掘りの仕事をしていた。ここに来てからも、穴掘りをさせられていた。・・いつだったか、館からの抜け穴を作るように命令されて、作ったんだ。」
ラシャ王は用意周到な男だった。もし館が攻められた時にも、身の安全を確保するために抜け穴を作らせていたのだった。
「よし、そいつを使おう。俺が行く!」
エンが立ち上がって言った。
「いや、私が行こう。仮に、館の中に入れたとしても、多くの兵が居るだろう。エンは弓の腕は立つが、剣ではまだまだだ。お前には、一度、バン様のところへ戻り、策を伝えてもらいたいんだ。」
カケルに言われ、エンは渋々引き受けた。
「明日の夜明けと供に始めよう。」
エンは、闇の中、静かに里を抜けて海岸に出た。

大船では、バンが落ち着かない様子で外を見ていた。夕暮れになり、里にぼんやりと明かりが浮かぶ。特に変わった動きはないようだった。アマリが甲板に姿を見せた。早春の風が心地よかった。遠くを見つめるバンの姿を見て、不思議な感覚を持っていた。
バンは、故郷を襲い、村の皆を殺めた張本人、最初、荒尾の浜で、再会した時、余りの変貌に驚いた。故郷を襲ったころのバンは、眼がぎらぎらとしていて、ずる賢い、蛇のような男に見えた。しかし、荒尾の浜で再開した時は、片腕を失い、何か憑き物が落ちたように穏やかな表情だったのだ。同じ人物とは思えなかった。だからこそ、こうして船に乗り今日まで何も考えずに居た。しかし、今、こうして春の風に当たっていると、穏やかだった故郷の暮らしを思い出し、突然全てを奪ってしまったこの男に憎しみが沸々と沸いてきたのだ。
アマリは、男に化けバンの兵に加わった時から、隙有らば仇を討つ覚悟をしていて、常に懐には小刀を隠していた。船縁で、遠くを眺めるバンを見て、思わず懐の小刀に手をやった。そして、静かにバンの背後に近づいたのだった。
少し遅れて、アスカも甲板に上がってきた。階段から、顔を出した時、アマリが晩の背後にたっているのを見つけた。その様子が尋常ではないとはすぐに判った。止めなければ,そう思ったときだった。
「俺を殺すか?」
バンは、振り返りもせず、そう言った。アマリはその声にびくっとして止まった。
「殺されても文句は言えない。それだけの事をしてきたのだからな・・・。」
「どうして?」
「お前のことは、クンマの里から知っている。いや、あの村で小屋に隠れていたのも知っていたのだ。・・ラシャ王の命令とはいえ、罪もない抗うすべもない人を殺めるのは、心が痛んだ。だが、その度に、吾が故郷を守るためだと自分をだましてきたのだ。小屋で震えるお前を見たとき、さすがに、俺もこれ以上の殺生はいかんと思いとどまったのだ。」
「知っていたのですか?」
「ああ、その後もお前は幾度か俺を狙おうとした。だが、できなかっただろう。」
そう言って振り返ったバンの頬には、涙が流れていた。
「もしや、伊津姫様の傍に行かせたのも?」
「ああそうだ。あのまま、兵の中に居たらお前はいつか俺を殺しただろう。だから、お前を伊津姫様に託した。あの姫なら、きっとお前と救って下さると思ったのだ。」
「なんて勝手な!姫様をさらって、ラシャ王に引き渡したのはお前でしょう。」
「そうだ・・だからこそ、今。こうして姫様をお救いするために命を懸けている。・・お前に殺されても仕方ない、いや、覚悟はできている。だが、今しばらく待ってくれないか。この里を取り戻し、ラシャ王を倒し、姫様を取り戻すまで、待ってくれ。頼む。この通りだ。」
バンは、その場に蹲り、泣いて詫びた。
アマリは、じっとその様子をただ立ちつくして見ていた。
そっと、アスカが近寄って、アマリの肩を抱いた。アマリは、懐の小刀から手を離し、アスカにすがって泣いた。

「おーい!おーい!」
海岸から、声が聞こえる。
「あの、間抜けな声は、エン様だわ。エン様が戻ってきたようだわ。」
アマリもバンも、舳先へ行き、声のする方を見た。ぼんやり、月明かりの中、岩の上に立って手を振るエンが見えた。すぐに、小舟を出してエンを迎えた。
エンは大船に上がると、里の様子を離し、翌朝には、カケルたちが動き出すことを伝えた。
「里から、カケルが合図を送るはずだ。夜明けには、里の近くへ船を進めてくれ。」

早朝、カケルは、ムウの案内で里のはずれにある穴に潜り込んだ。手探りで少しずつ、前へ進むと、ぽっかりと上に穴が開いていた。上っていくと、館の奥深くに入っていた。
出た所で、兵が一人待っていた。
「こっちです。」
小さな声で合図をした。カケルは穴から出て、まっすぐその兵の案内するほうへ走った。小さな木戸を開けると、館の広間の下辺りだろう、長い梯子が掛かった地下に、人ひとり入れる程の箱のような物があった。箱の上からは顔が覗いていて、体には荒縄が掛かっている。イサの長、ハヤノヒコであった。
梯子の脇には、見張り番の男が、転寝をしていた。カケルは静かに箱に近づいた。ハヤノヒコは、気付いたがじっと目を閉じていた。カケルは、耳元でささやいた。
「私は、カケルです。あなた様をお助けに参りました。」
ハヤノヒコは、目を閉じたまま、こくりと頷いた。
ここまで、案内してきたムウが、迂闊にも物音を立ててしまった。
それに見張りの兵が気付いた。
「おい、何をしている!」
言うと同時に、長槍を構えて襲ってきた。カケルは、剣を抜き、長槍を一気に切った。驚いた見張りは、梯子を上っていく。ムウは、切落ちた槍先を拾い上げ、投げつけると、見張りの背中に刺さり、梯子から転げ落ちた。カケルが剣をかざし、閉じ込めている箱を一気に割った。
ハヤノヒコは、そこから転がり出た。
「さあ、長さまを外へ案内してください。私は、ここから上に行きます。さあ、早く。」
 カケルは、ハヤノヒコが館を出たのを確かめてから、梯子を一気に上った。
上は館の広間だったが、まだ使われていない様子だった。
カケルは広間を一気に横切り、館の外へ出た。篝火から火を取り、まだ明けきらぬ空に向けて、高く高く矢を放った。

諫早海岸.jpg
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