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1-31 戦支度 [アスカケ第4部瀬戸の大海]

31.戦支度
予定より大幅に遅れて、熊毛の里に到着したタマソ王の一行は、頭領の案内で、麻の郷にある「大屋根」と呼ばれる一番大きな館に入り、その日は休む事にした。
翌朝には、熊毛の里の長も呼ばれ、「大屋根」に皆が集まった。「大屋根」にはいくつもの太い柱が真っ直ぐに立っていて、広い板張りの部屋があった。中央には、タマソ王が座り、隣に頭領サクヒコ、それぞれの郷の長が並んだ。カケルとアスカは、広間の一番の下手に控えていた。
昨夜のうちに、頭領やタマソ、タカヒコ、タモツたちは、これまでのいきさつを話し合っていた。タマソをはじめ、大船でやってきたものは皆、すぐにも水軍を攻める事を求めた。しかし、頭領やカケルは、何の備えもなく、攻める事に躊躇いがあった。結局、大船で来た者達に押し切られる形で、この場を迎えていたのだった。

「我らは長年、屋代の水軍に脅かされてきた。今こそ、水軍を滅ぼし、安寧な日々を取り戻そうではないか!」
タカヒコガ立ち上がり、静寂を破るように叫んだ。
血の気が多い男達は、床を叩き、「うおーっ!」という声を挙げる。
その声を鎮めるように、頭領は立ち上がると、タマソ王へ深々と頭を下げた。そして、タマソ王へ皆に挨拶をするように促した。タマソはゆっくりと立ち上がった。
「我は、アナト国の王、タマソである。長く民の暮らしを省みず、自らの浴に溺れた先代の王の罪を償い、再び、穏やかで豊かなアナト国を作るために命を奉げる覚悟でここに来た。皆、力を貸してくれ!」
再び、集まった男たちは、床を叩き、野太い声を上げた。
頭領サクヒコや郷の長達は、さすがに戸惑いを隠せなかった。これまで水軍との戦を構えてきてはいたが、対抗できるだけの武力を持たず、ただ里を守るためだけに戦ってきただけであり、水軍を滅ぼす事は考えもしなかった。
しかし、今、アナト国の王が立ち上がり、四隻もの船を持って水軍を滅ぼすと宣言している。
これまで長年苦しめられてきた、陶や徳の里の民を止める事など出来ない。熊毛の里の頭領サクヒコの息子、タカヒコも里の若者達を纏め、同調している。もはや、決戦を決断するほか無い状態だった。
サクヒコは、両脇に座る郷の長たちに、了解することを目で確認した。長達は、承諾せざるを得ない事を覚悟し、深く頷いた。そして、立ち上がり、皆を前に口を開いた。
「ありがたくも、アナトの大王が水軍討伐に立ち上がられた。瀬戸の大海の安寧のため、我ら一同、心を一つにして、戦いましょう。そのためにはしっかりと支度をせねばなるまい。」

すぐに、水軍討伐のための支度が始まった。どれほどの敵を相手にするのか全くわからない中、手探りで支度が始まる。剣や弓矢は、手分けして作った。しかし、水軍がどれほどのものなのかわからないままでは、どれだけ作っても足りないのではないかという不安が付きまとう。三日ほどしないうちに、男たちの間で小さなイザコザが起き始めた。ふと弱音を漏らす者に、すぐに戦に出れない苛立ちを抱えた者が、突っかかり、殴り合いの喧嘩も起きるようになった。
「みんなを集めてもらえませんか?」
カケルは、タマソと頭領に頼んだ。再び、男たちは「大屋根」に集められた。
カケルは、皆を輪になって座るように言った。そして、その中央に立って皆を見回した。大半の者は、カケルが化身する姿を目の当たりにしていて、カケルに対して畏怖の念を抱いていた。
「屋代の水軍を倒すのは、きっと長い長い戦いになるでしょう。・・いや、それよりも、水軍がいかほどのモノなのか、誰も知らぬ事がよほど怖いのです。たとえ、目の前の軍を倒しても、また次の兵が現れる。そしてその次を倒してもまた次が・・・。」
カケルは、男達が抱えている不安を言葉にした。
「私は、ここまでに、いくつもの戦をしました。時には、多くの命を失い、自らも何度か死の淵を彷徨いました。戦は、多くの悲しみと恨みを生み出します。例え、その場では勝てたとしても、多くの命を失えば、その悲しみや恨みが次の戦を招く。里の者たちは、そんな事を望んではいないでしょう。」
取り囲んだ男たちは、じっとカケルを見つめる。タカヒコが立ち上がって、カケルに問う。
「では、どうすれば良いと言うのです?」
カケルは、タカヒコの傍にゆっくりと歩み寄った。そして、肩に手を置いて言った。
「タカヒコ様の父、サクヒコ様は長年、あの砦で何を考えていらしたのでしょう。」
タカヒコは、サクヒコの顔を見た。頭領は、石砦で海を見つめ大船の到来を監視してきた。里を守るために戦ってきたのを間近で見てきた。大船の攻撃を退けた後も、サクヒコは決して誇る事無く、怪我をして海岸に流れ着いた水軍の兵をも手当てしていたのを思い出していた。
その様子を見ていたタマソ王が立ち上がり、カケルに問う。
「カケル様はどうせよと考えているのです?」
「王様、貴方の望みは何ですか?」
「安寧なアナトの国を取り戻す事。その為に、水軍を滅ぼす、それだけ。」
「水軍を滅ぼすほかに安寧な国作りは出来ぬのでしょうか?水軍のこれまでの所業を許し、手を繋ぐ事は出来ぬのでしょうか?」
カケルの答えに皆が戸惑った。カケルは続けた。
「罪は罪、簡単に許せるものではない。しかし、水軍を全滅させても、恨みは残り、いずれ、アナト王を倒そうと立ち上がるものが出てくるでしょう。安寧な日々など訪れはしません。」
皆の戸惑う様子は、カケルにも充分判っていた。矢継ぎ早にカケルは言った。
「一つ、お願いがあります。私を屋代島へ行かせてください。水軍の頭領との和解が出来ぬか手を尽くしてみたいのです。」
カケルは、頭領サクヒコをじっと見つめて言った。水軍の悪行は自分への復讐だと考えている頭領サクヒコへの、カケルの答えでもあった。

1-31瀬戸内海島.jpg
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