SSブログ

1-30 兄弟 [アスカケ第4部瀬戸の大海]

30.兄弟
「ハガネを作ってどうされるのです?」
カケルは、頭領に尋ねた。
「野良仕事や漁に使う道具を作るのだ。」
「戦に使う剣や槍を作られるわけではないのですね?」
カケルは、今一度、頭領の真意を尋ねた。頭領は、真っ直ぐカケルを見て言った。
「戦など止めたいのだ。・・・何も生まぬ、ただ命を奪う戦など一刻も早く止めたいのだ。私の願いは唯一つ、この里を守り、豊かにしていく事だけなのだ。・・しかし・・あいつは・・。」
頭領は、そこまで言うと、その場に座り込んだ。そして、しばらく押し黙ったままだった。
「水軍の頭領は、どういう人物なのです?」
カケルは、頭領の脇に座り込んでから訊いた。頭領は観念したような様子で口を開いた。
「水軍の頭領は、リュウキと名乗っている。恐ろしき龍が化身したものという意味らしい。だが、本当の名は、カワヒコというのだ。」
「カワヒコ様?」
「ああ、そうだ、カワヒコ・・我が弟なのだ。皆には秘密にしておる。」
「何故、水軍の頭領に?」
「話せば、長い事になるが・・・」
頭領は、そう言うと、これまでの経緯を話し始めた。

サクヒコとカワヒコは双子の兄弟で、熊毛の里の頭領の子に生まれた。
兄弟は、幼い頃から海に親しみ、青年になるとこのあたりでは一番の漁師となっていた。
弟のカワヒコは、風や潮を読むのが得意で、兄のサクヒコは舟を操る術に長けていた。
ある時、東国から韓へ向かう大船の船頭役を命じられ、厳島で、東国の船に乗り込んだ。
船には、韓へ輿入れする姫が乗っていた。輿入れといっても、東国から韓国への人質。その不憫さを知った、弟カワヒコは、夜陰に乗じて姫とともに行方を晦ましたのだった。
兄サクヒコは、東国の将に命じられ、弟の始末をつけるため、行方を捜した。
二年ほどの後、終に屋代島の先に浮かぶ名も無き島で、弟と姫を見つける。
居場所が知れると、東国からは多くの兵を乗せた大船が何隻も押し寄せ、島を包囲した。
サクヒコは、将に許しを得て、弟の説得に向かい、カワヒコと対峙する。
しかし、弟は聞き入れず、兄弟が剣を交える不幸な事態となってしまった。
これを嘆いた姫は、兄弟の目の前で、潮の渦巻く海へ身を投げ、命を落としたのだった。
カワヒコは、あまりの怒りと悲しみで、逆流する血で全身が真っ赤になり、頭も真っ白に変わってしまった。そして、天に向かって絶叫した。すると、低い地鳴りとともに、周囲の島々の木々が大きく揺れ、岩が崩れるほどの地揺れが起きた。
島を取り囲んでいた船も、天変地異が起きた事は容易にわかった。そして、しばらくすると、船を飲み込む大波が一帯を襲ったのだった。
気付くと、ほとんどの大船は沈み、小島にはサクヒコしか残っていなかった。

「私は、流れ着いた木板に乗って何とか里に辿りついた。カワヒコは死んでしまったのだと思っていたのだが・・しばらくして、赤鬼のような風体でリュウキと名乗る男が、屋代島のあたりの男たちを集め、往来する船を次々に襲うようになった。そしていつしか屋代の水軍と呼ばれるようになったのだ。」
「それが・・カワヒコ様だとどうして?」
「ああ、以前に、一度だけ姿を見た。あれは、間違いなく、カワヒコだった。・・あいつは、私を恨んでいるはずだ。あいつを追い詰め、姫が命を絶ったのは私のせいだからな。だが、ここは容易には落ちない。何度も何度も襲い、その度に犠牲がでる。私の命を奪えば、おそらく戦も終わるのだろうが・・・」
「しかし、それでは・・」
「ああ、判っている。たとえ、私が死んだとしても、水軍は里を襲うのは止めないだろう。」
昨日から感じていた、頭領の虚しい表情にはこうした訳が隠されていたのだった。
「サクヒコ様、ハガネを作るには、里の者の力を集めなくてはなりません。そして、この周囲の山々から木を大量に切り出すことが必要です。それに、ハガネの元になる砂鉄を探さねばなりません。多くの時と人手が必要です。決して、私一人の力では無理です。」
「それほどに難しき事なのか・・・だが、ここに蹈鞴があるのだから・・どこかに砂鉄はあるのだろう。まずは、そこからか。」
「一度、里へ戻りましょう。ここの周囲には、砂鉄はなさそうです。ハガネ作りを始めるなら、里の人々からも知恵を借りねばなりません。」
二人は、来た道を戻り、麻の郷に戻った。もう日暮れ近くになっている。
「頭領様!頭領様!船です。大船が入ってきます。」
砦の物見台から、慌ててサンジが駆けてきた。
「タマソ王やタカヒコ様の船です。・・でも・・1隻増えております。・・途中で水軍と戦われたのでしょう。さあ、出迎えの支度をいたしましょう。」
大船白麗は、赤龍・黒龍を従え、さらに後ろにもう1隻の大船を引いて、入ってきた。
「あっ!父様だ!」
麻の郷の浜にいた女の子が、大船を指差して叫んだ。他の子どもたちも、次々に、父母の名を呼んだ。船が桟橋に着くと、子ども達は一斉に走り出した。大船からも可良の里の者たちが駆け降りて来る。桟橋では、親子が無事の再会を喜び、抱き合う光景が広がっていった。

1-30karanoura1.jpg
nice!(11)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 11

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント

トラックバック 0