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1-29 頭領 [アスカケ第4部瀬戸の大海]

29.頭領
翌日には、子どもらを連れて里へ降りることにした。里の者が拵えた石段を降りていくと、丘陵地には、果樹の畑や水田が広がっていた。そして、その先には高い屋根を持った家屋が綺麗に並んで立っている一角があり、そして、その先には、浜辺が広がっている。
季節はもう初秋を迎えていて、高く晴れ渡った空をそよぐ風、きらめく海、時がゆっくりと流れていた。子どもらは、浜辺に向かって駆けて行く。波打ち際に並び、山に挟まれたあたりをじっと見つめていた。水軍に連れ去られた父や母を探しているかのようにじっと見つめていた。
カケルとアスカは、頭領に案内されて、それぞれの郷を回り、郷の長に挨拶をした。みな、穏やかな表情で、カケルとアスカを歓迎してくれた。子どもらは、ひとまず、麻の郷に預けられる事になった。麻の郷は、海にも近く、子どもらの里にも似ていて、すぐに馴染めるようだった。アスカはしばらく子どもたちと一緒に、麻の里に留まる事にした。
「まだ、大船は到着していないようですね。」
海を眺めながら、カケルは、頭領に訊いた。
「見張台からかなり遠くまで見えるゆえ、近くに来ればすぐに知らせるように言っておる。・・それより、カケル様。如何かな、この里は?」
「はい、素晴らしいところですね。戦をしているとは思えぬほど、穏やかで豊かだ。・・九重にも素晴らしいところはたくさんありましたが、ここには及びません。」
「だが、ここも以前は、どうしようもない荒地だった。・・先の頭領が、あの砦で、素晴らしい書き物を見つけてから、大きく変わったのだ。」
「書き物ですか?」
「ああ・・いにしえ人が残したものと聞いておる。その中に、米や野菜を作る方法、家や船を船を作る技、いろんな知恵が書かれていた。その知恵が、この里を支えてきたのだ。」
カケルは、岩で出来た砦に残された書物と聞き、確信した。
「その書物を見せていただけませんか?」
「構わぬが・・古き文字で書かれており、読める者もなく、僅かな図絵から知恵を得ただけだが。」
「私は、いにしえの文字を読めるのです。」
「なんと・・そんな事が・・・。書物は、あの大屋根に運んでいる。」
郷と郷との間を流れる川から一段上がったところに、周囲の家とは違う、太い柱を持つ高床の大きな館が築かれていた。あの、ヒムカの国で見た館に良く似ていた。
「さあ、これです。」
頭領は、そう言って桐の箱に収められた巻物を運んで来た。カケルは、その一つを手にとった。
ナレの村の祭壇下に隠されていたあの巻物と寸分たがわぬ作りだった。紐を解き、中を開く。懐かしい文字が並んでいる。九重で過ごした日々が急に脳裏に浮かんできて、カケルは涙を流した。
「どうされた?」
頭領が不思議な顔をしてカケルに訊いた。カケルは涙を拭いながら応える。
「すみません。・私が生まれたナレの村にもこれと同じものがあります。私は幼い頃、母からこの文字を教わりました。久しぶりにこの文字を見て、つい、母のことを思い出しておりました。」
「九重の村にもこれと同じものが?」
「ええ・・我が祖先は、遥か大陸から海を渡りやってきたのです。おそらく、赤間あたりで二手に分かれたのではないでしょうか・・一方は、邪馬台国を頼り九重の南の果てまで流れ、一方はアナトの国・・いや、もっと東へ強き国を頼って行ったのかもしれません。」
頭領はカケルの話をじっと聞いていた。そして尋ねた。
「では・・ハガネなるものをご存知か?」
そう訊かれて、カケルは腰の剣を抜いた。
「これは、私が幼き時、砂鉄を集め火に焼き、鋼から拵えたものです。」
頭領は、驚きの表情を浮かべ、カケルの剣をしげしげと観察した。
「これを拵えたと?」
「私一人が作ったのではありません。ナレの村の者たちで、力を合わせ、砂鉄を集め、火を起こし・・ようやく、これ一つを作りました。・・神に奉げる剣。私の旅立ちの時、守り神として、持たされたものです。」
「なるほど・・・。」
頭領はしばらく考えた後、何か決意したように言った。
「お見せしたいものがある。里の者には秘密にしているが・・あなたには是非知っておいていただきたい。付いて来てください。」
頭領はそういうと、館を出て、前を流れる川辺に降りた。そして、川に沿って上流へ上っていく。しばらく歩くと、崖に突き当たった。頭領は崖の上から垂れ下がっている太縄を手繰り、そこから崖を登っていく。カケルも後に続いた。
崖を登りきったところには、広く開けた場所があった。周囲は木々に覆われ、里からは見えない。その広場の中央には、カケルには見覚えのあるものがあった。
「これが何かご存知か?」
カケルは、周囲をゆっくり歩いて様子を観察してから言った。
「これは・・蹈鞴(たたら)ですね。それも随分と大きい。当たりに、赤くなった粗鉄も転がっているところを見ると、随分以前には、ハガネを作っていたようですね。」
「そのとおり。しかし・・使ったことはない。・・いや、使い方が判らぬのです。」
カケルはじっと頭領の話を聞いていた。
「頼みがある。ここで、ハガネを作ってもらえまいか?。」
頭領サクヒコの言葉に、カケルは躊躇した。ハガネ作りは大仕事だった。ナレの村では総がかりでようやく小さなハガネを作り出した程度だった。目の前にある蹈鞴は、ナレの村の倍以上の大きさがあった。

1-29タタラ跡.jpg
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シラネアオイ

こんにちは!
いよいよ佳境に入ってきましたね!次回以降を楽しみにしています!!
by シラネアオイ (2012-01-29 11:52) 

苦楽賢人

シラネアオイさん コメントありがとうございます。

そろそろ、大戦に入ります。悲しみや憎しみをどう乗り越えられるか・・・カケルはアスカはどうするのか。

引き続きお楽しみいただけると嬉しいです。
by 苦楽賢人 (2012-01-29 21:22) 

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