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1-28 熊毛の里 [アスカケ第4部瀬戸の大海]

28.熊毛の里
子ども達を連れ、峠道を越えたカケルたちは、眼下に豊かな里を見つけた。
「あれが、熊毛の里です。手前が麻(あさ)の郷、奥は平生の郷、北には田布施の郷、ここら全部を熊毛の里と呼んでおります。」
サンジは、視界を遮る草を払いながら言った。
「豊かなところだ。田畑があれほど広がっているとは・・それに、それぞれの郷にも多くの家が立ち並んでいる。・・屋代の水軍と戦をしているとは思えぬほど、穏やかだ。」
カケルは、遠くまで見渡して、そう言った。
「ええ・・里までは、屋代の水軍は来ませんから・・ほら。」
サンジはそう言うと、反対側を指さした。その先は、尾根伝いに細い道が続いていて、その先には、こんもりと茂る高台のようなものが見えた。
「あそこに、石の砦があるんですよ。さあ、行きましょう。きっと、頭領もそちらにいらっしゃるはずです。・・おい、みんなもついておいで。」
サンジはそう言うと、峠道の脇を降りていく。藪に隠されるように、砦に繋がる道がある。
「里からは、海岸沿いと山の中腹から砦に向かう道があるんですが、峠側からの道は万一に備えて隠してあるんです。気をつけてください。」
ゆっくりとサンジは進む。人一人通るのがやっとの細い道だが、丁寧に石が敷かれている。相当古い道のようだった。最後の細い谷を登ると、頑丈な石を組み上げた砦が見えた。
「先に行って、皆さんの到着を知らせましょう。・・ここからは一本道ですから。」
サンジはそう言うと、急いで石道を駆け上がって行った。カケルとアスカは子ども達を挟んでゆっくりと進んだ。石道は石段へと変わる。見あげるほど大きな砦だった。石段を登りきると、大きな門があり、広い庭があった。その庭の中央に、サンジと頭領らしき男が立っていた。
「よくおいでくださった。」
白い絹衣を纏い、腰に大剣を刺し、恰幅の良い男が両腕を広げて、カケルたちを歓迎した。アスカの周りには子ども達が辺りをきょろきょろ見回して不安げな表情になっている。
「私はこの里の頭領、サクヒコと申す。事情は全て聞きました。先の水軍との戦では、多くの者が囚われました。サンジやタカヒコも命を落としたと思っておりましたが・・こうやって無事に戻ってこれたとは・・・礼を言います。」
穏やかな表情を浮かべ、そう言った。
「下の里は焼かれたようです。この子らをお願いします。父や母も水軍に囚われたようです。」
カケルは、サクヒコに頼んだ。
「もとより・・熊毛の子は皆同じ。我らの里で守りましょう。・・お疲れでしょう、少し休まれるが良い。九重のお方とお聞きました。ここまでの道中のお話もお聞きしたい。」
サクヒコはそう言って、カケルとアスカを砦の端にある小屋へ案内した。カケルは、砦の中を歩きながら、不思議な感覚だった。
「この砦は、サクヒコ様がお造りになったのですか?」
「いや・・ここは遥か古(いにしえ)人が作ったものなのです。先の頭領が偶然見つけたのです。里の者が崩れたところを直し、里からの道も作り、今は水軍との戦のために使っているのです。」
それを聞いて、アスカが呟いた。
「ここは・・あそこ・・そう、ハツリヒコ様の居られた砦と似ています。・・」
「うむ・・そうだな・・良く似ている・・。」
ハツリヒコの砦は、カケルたちの祖先が大陸から邪馬台国を頼り、最初に落ち着いた場所であった。きっとこの砦は、同じ一族が、アナトの国を頼り東方へ逃げ、築いたものに違いなかった。
サクヒコが案内した小屋は砦の先端にあり、開いた戸口から、海が見渡せた。
砦は、海に突き出た山の中腹にあって、眼下には、島が見える。向かい側にも山が突き出していて、熊毛の里を両側から守るような形になっていた。向かい側の山の下には、さらに海に突き出る格好で、砂浜は続き、その先に小さな数本の松を生やした小島がある。外海から里へ入るには、この山の間の狭い水路のようなところを通って進む事になる。
「ご覧のように、我が里は、この山々が守ってくれています。水軍も容易くは入って来れぬようになっています。・・そう、あの小島にも小さな砦を作り、水軍への備えをしております。サンジやタカヒコも、そこに居りました。」
「戦を続けておられると聞きましたが・・さぞかし、ご苦労されているのでしょう?」
カケルの言葉に、頭領アラヒコは、虚しい表情を浮かべて言った。
「何の利もない戦です。できれば一刻も早く止めたいのですが・・・。」
それを聞いて、サンジが嬉々として言った。
「もうすぐ、アナト王の援軍が参ります。そうすれば、一気に水軍を征伐できる。長年の恨みを晴らせる時も近いでしょう。」
頭領サクヒコは、その言葉にも表情を崩さず、むしろ、厳しい表情になった。
「水軍を征伐するとは・・・皆殺しにでもしようというのか?」
その言葉にサンジは驚き、返す言葉を失った。カケルが口を開いた。
「屋代の水軍の蛮行は、いつから始まったのですか?・・どうにも判らぬのです。これだけ豊かな海と山に恵まれていて、皆が穏やかに暮らす道もあるはずです。里を襲わずとも良いはずです。・・・水軍の頭領はいかなる人物なのでしょう。」
頭領サクヒコは、カケルの問いに少し戸惑った様子を見せた。
「そのうちに判るでしょう。さあ、今日はゆっくりをお休み下さい。」
そう言って、カケルとアスカを砦の中央にある部屋に案内した。

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