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2-13 来島一族 [アスカケ第4部瀬戸の大海]

13.来島一族
カケルの知らせに、ギンポウもギョクもアリトもやって来た。カケルは、音がした、高い崖のほうを指差した。ギンポウがゆっくりと前へ出る。崖下に茂る藪の中に、動く影がある。じっとギンポウはその影を睨んで、不意に言った。
「お婆様(おばばさま)!」
その声に、藪の中から小さく背を丸めた老婆が顔を見せた。
「お婆様、ご無事で。・・・ギンポウです。お忘れですか?」
「おお、おお、ギンポウ、ギンポウか!」
ギョクも慌てて駆け寄る。
「皆はどうしたのですか?」
ギョクが、恐る恐る訊いた。
「ああ・・皆、無事じゃ。・・この奥に隠れておる。さあ、付いて参れ。」
老婆は、最初に見つけた時とは別人のように、元気に歩き始めた。カケルたちは老婆の変貌振りに驚きながら、後をついていった。
谷筋をしばらく行くと、少し開けた場所があった。両岸は高い崖に取り囲まれて、ぽっかり穴が開いたような場所だった。大きな岩が入り口にあって、外からはそれとはわからない。脇を抜けて入ると、三十人ほどが、食事の支度や縄作り等の仕事をしている。子ども達も遊んでいた。
老婆に案内されて、広場の中ほどに行くと、この集団の長らしき男が顔を見せた。白く伸びた髭と頭髪は老いを感じさせたが、強い眼と刻まれた皺が一族を束ねる苦労を物語っていた。
長は、ギンポウとギョクの帰還を喜んだ。先ほどの老婆は、この長の妻だったのだ。
「こちらが、カケル様とアスカ様、九重からおいでなのです。そして、こちらは・・。」
ギンポウはそこまで言って、どう説明すれば良いか悩んだ。様子を察してアリトが言った。
「私は、難波のアリトと申します。・・東国の差配役をしておりました。」
東国と聞き、周囲に居た者がどよめいた。
「どういう事か説明してもらおうか?」
長は言った。ギンポウとギョクは、これまでの経緯を一通り説明した。
「では、お前たちは、このカケル様に救われたという事か!」
「はい。屋代で命を奪われていても仕方ない事をしました。いくら、我らの土地を取り戻すためとはいえ、非道な事をしておりました。」
ギョクが長に頭を下げて詫びた。それを見てアリトが言った。
「いえ、本当に悪いのは、私なのです。東国の皇君の命とは言え、弱みに付け込み、人として誤った事をさせてしまいました。カケル様に救われ、改心しております。」
一通り話を聞いた長は、カケルの顔をじっと見て言った。
「そなたが、どれほどの御方なのか、よく判りました。ギンポウもギョクも、我が一族の将来を担う者、お救い下さったという事は、我が一族をお守りくださったと同然。礼を申します。私は、一族の長、ヤマツミヒコと申します。」
「浜で見た焼跡はどうしたのですか?」
アスカが長に尋ねると、長は笑みを浮かべ聞き返した。
「あれを見て、どう思われたかな?」
「はい、里が襲われたのだと思っておりました。弔いの跡もありましたし・・。」
長は頷いて言った。
「近頃になって、東国の兵の船を見かけるようになりましてな。我らがこの島に居ると判れば襲ってくるでしょう。その為に、すでに襲われたのだと見せているのです。」
「一族の皆様はここにいらっしゃるだけですか?」
「いや、いくつか谷あいに分かれて暮らしております。日毎、行き来する役の者がおり、それぞれの無事を伝え合っております。・・さきほど、婆様も隣の谷から戻ったところだったのです。」
「そうか・・皆、無事なのか・・良かった。」
ギンポウとギョクは、顔を見合わせ安堵した。
「東国の兵は、安芸やアナトが従わぬ事に苛立ち、伊予攻めを始めた様子なのです。」
ヤマヅミヒコが言った。
「何?伊予攻め?皇君は、讃や伊予は攻めてはならぬと仰せであったはず。何ゆえだ?」
アリトが言うには、皇君の母方は、四国、石鎚山の麓を治める一族であり、讃の国と伊予の国とは近しい関係にあり、従える事など無用であると仰せになられ、西国のみを攻めよと下知されたということだった。
「私は来島水軍の力を使い、安芸とアナトを落とすために動いておった。伊予や讃は侵してはならぬ。何かの間違いだろう。」
「いや、数日前も、何隻もの大船が島の北の海を、西へ向けて行くのを見ました。」
来島の長、ヤマヅミヒコは、その様子を話して聞かせた。
「伊予へ参りましょう。戦を止めねばなりません。」
カケルが言うと、アリトも頷いた。
「我ら来島の水軍も参りましょう。」とギンポウやギョクも申し出た。
「いえ、我らだけで参ります。大きな戦にせぬためにいくのです。」
カケルが答えた。ヤマヅミヒコは頷き、ギョクの肩を叩いた。
「案内役が居らねばなりますまい。ギョクをお連れ下さい。伊予の都までの船で行かれると良い。ギンポウよ、これからは、我らも潜んでばかりとは行かぬ。島に居る一族を集め、この地を守るのじゃ。お前には、その役目がある。我が一族を率いて、東国の兵の退路を断つのじゃ。」
ギンポウはギョクの顔を見て、「頼むぞ」と言い、ギョクも「兄者も」と答えた。
「アスカ、東国へ行くには回り道になるが、許せよ。」
カケルの言葉に、アスカは頷いた。

2-13松原.jpg
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