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2-20 暖を取る [アスカケ第4部瀬戸の大海]

20. 暖を取る
カケルとアスカを大船の中に運び込んだクニヒコ達は、船の様子を見て愕然とした。
長く海上で過ごすにしては、余りにも粗末な状態であったからだ。
兵たちが眠る場所も僅かな布が敷かれている程度であったし、隅のほうには横たわっている男の姿も合った。病か飢えか、動けないほどに体を壊しているようだった。
カケルとアスカは、船の中に唯一ある囲炉裏鉢の傍に運ばれた。
すぐに火を起こそうとしたが、薪はすでに底をついていた。
クニヒコは、里の男たちに命じて、浜から薪になる物を集めさせた。そして、水と食糧も手配した。冬空の下に比べれば、何とか寒さは凌げる状態になったものの、このままと言うわけにはいかない。しかし、あの坂を運び上げるのは難儀な事だった。
とりあえず、一晩、東国の兵も里の男たちも、伴に大船の中で過ごす事になった。

カケルとアスカの様子を看ながら、クニヒコは東国の兵達に言った。
「これほど困窮しているのなら、何故、助けを求めなかったのだ。」
東国の兵の一人が、ぼそりと答えた。
「我らも何度と無く、オオツチヒコ様に進言いたしました。ですが・・聞き入れられず・・我らの使命は西国を従わせること。助けを請うなどありえぬと突っぱねられ・・・ここまで幾人かは・・病や飢えで命を落としました。・・我らとて戦いたくなど無かったのです。しかし・・・。」
そこまで答えると、悔し涙を流したのだった。クニヒコは言う。
「もはや、その将も居らぬ。これからは我が里で伴に暮らせばよい。我らも、東国の兵を多く殺してしまった。その償いはせねばならぬ。」
そこまで言うと、クニヒコは、カケルを見た。そして、カケルが背に矢を受けたのは、多くの命を奪った事への罰を受ける為ではなかったかと思ったのだった。

朝になり、アスカが先に目を開けた。
辺りには、クニヒコ達や東国の兵たちが寒さを凌ぐ為に寄り添うようにして眠っていた。囲炉裏鉢の火は消えかかっていた。アスカは起き上がると、薪を取り、鉢に入れて火を強くした。その物音で、クニヒコも目を覚ました。
「おお・・起きられたか。もう大丈夫か?」
「はい。ご心配をおかけしました。私は大丈夫です。皆様は?」
「ああ、大船の中で何とか寒さを凌げたようだ。」
クニヒコはそういうと、昨夜、東国の兵から聞いた話をアスカに伝えた。
「そうですか・・それは、きっとカケル様も喜ぶでしょう。あの戦以来、カケル様は、多くの兵の命を奪った事を随分悔いておられました。伴に手を携え、生きる事が出来るなら何よりです。」
アスカは、笑顔でクニヒコに答えた。
「アスカ様、一つお聞きしたい事が・・。あの・・カケル様のあのお姿ですが・・。」
クニヒコは、獣人に化身したカケルを見て以来、カケルの力を怖れていたのだ。アスカは、クニヒコの思いを察して答えた。
「怖れる事はありません。命を懸けて守ろうとするものがある時、剣が大いなる力をカケル様にもたらすのです。」
「心も獣のように?」
「いえ。体は獣のように変化しますが、心は決して魔物になるわけではありません。命を奪わぬ為に、恐ろしき姿になり、抗う事を止めるように、人々を戒めるのでしょう。」
アスカの答えに、クニヒコは安堵した。
そのうちに、大船の中の者たちが次々に目を覚ました。しかし、カケルはまだ眠ったままだった。アスカは、カケルの顔をじっと見つめていた。これまでなら、自分に秘められた力でたちどころに傷を癒すことが出来た。しかし今回はそれを拒むような感覚があったのだった。カケル自身が、傷を癒される事を拒否したようだった。
「ここに居ても何もできません。里へ戻りましょう。」
クニヒコが言い、船を動かす事にした。
東国の兵と里の男たちが力を合わせ、浜から船を引き出し、沖へ出した。粟井の岬を回り込み、すぐに里へ到着できた。
大船の到着に、里の者たちが浜に集まってきた。すでに、昨日の戦いの様子は里に知らされ、カケルが深手を負った事も皆知っていた。
浜から近いところにある家を空けて、カケルを養生させる段取りになっていた。
カケルは、そこに運ばれた後、三日ほどは意識が戻らなかった。その間中、ずっとアスカは傍にいて、時折、首飾りの力を試そうとした。だが、カケルは無意識にそれを拒否していた。
カケルが眠っている間に、カケルのいる家を取り巻くように、東国の兵が暮らすための、小さな家を幾つか作った。東国の兵たちは、甲冑を叩き壊し、田畑を耕す鍬や鋤に変えた。そして畑仕事を手伝ったり、漁にも出た。時折、大船の手入れをしながら、里の男たちにも大船の扱い方を教えた。
カケルは意識を取り戻し、ようやく食事も出来るようになった。
だが、以前のような溌剌としたカケルではなかった。何か、じっと考え込んだり、ぼんやり海を眺めたり、口を開くこともほとんどなくなってしまった。弓や剣も、手に取ることは無く、抜け殻のようになっていた。それでもアスカは、毎日、里で見たり聞いたりした事を楽しそうにカケルに話した。時には、里に伝わる童歌を歌ったこともある。体は癒えても、心の傷が癒えないのだとアスカはわかっていたのだ。いつかきっと、カケルは元気になる、そう信じて必死に尽くした。

2-20囲炉裏火.jpg
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