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2-21 勝山 [アスカケ第4部瀬戸の大海]

21.勝山
春が来た。
里には、桃の木がたくさん植えられていた。陽気と伴に、桃の花が咲き始め、里は甘い香りで包まれた。この頃には、東国の兵も里の男も区別がつかぬほどになっていた。
カケルは、昼間、周囲の畑の仕事を手伝うようになっていた。しかし、剣や弓は布に包み、部屋の奥深くにしまいこんでいて、以前のような笑顔は無かった。
クニヒコは、毎日のように、カケルの家に立ち寄り、里で起きた様々な出来事を、可笑しく話した。カケルが、あの戦以来心に傷を負った事を、アスカから教えられ、少しでも癒せないかと考えた挙句の事だった。クニヒコの話に、カケルは時折笑顔を見せるようにはなったが、覇気はない。ナレの村を旅立ち、長く自らの生きる意味を問い続けてきた。目の前にある「自分の為すべき事」に精一杯取り組んできたことが、余りにも惨い結果を招いた事の傷はそう簡単には回復しそうに無かった。アスカは、そんなカケルの傍でひたすら献身していた。その様子は、里の誰からも痛々しく見えていた。
そんなある日の事、クニヒコガ血相を変えて、カケルの家にやってきた。いつものような余裕が無い表情だった。
「カケル様!アスカ様!」
土間で縄を編んでいたカケルは驚いて顔を上げた。
「如何されました?」
アスカも、家の裏で服を洗っていたが放り出して顔を見せた。
「王が!・・王が、危篤だとの使いが参りました。すぐに我らと供に、勝山へ行って下され!」
クニヒコは、カケルに縋り付くように言った。
「我らが供に行って何ができましょう?」
「・・アスカ様、アスカ様のお力で、王に再び命を呼び戻して下され!お願いじゃ!」
カケルはアスカの顔を見た。
「行きましょう、カケル様。どれほどお役に立てるか判りませんが、何かできることがあるかもしれません。」
すぐに旅支度をした。クニヒコのほか、若い男と女が供として、里の外れの道に居た。
「こいつは、息子のイクナヒコと申します。そして、その娘はイクナヒコと契りを交わしたアヤと申します。」
二人は、ぺこりと頭を下げた。まだ二十歳前であろう。イクナヒコにはまだ少年の凛としたまっすぐさが感じられた。背はさほど高くないが、足も腕も筋肉が張り、日頃から鍛錬しているのがすぐに判った。そしてアヤにはまだ少女の雰囲気が残っていて、カケルやアスカを真っ直ぐ見る事ができぬほど照れていた。
「さあ、参りましょう。二日もあれば着けます。」
クニヒコガ先導し、カケルとアスカ、そしてイクナヒコがアヤの手を引いて歩いた。二人の初々しさが、アスカには眩しく感じられた。峠を二つほど越えたところで、小さな里に付き、里の者が泊まりの部屋を提供してくれた。翌朝、日が昇ると供に歩き始め、昼過ぎには、勝山の丘陵地にある王の館に着いた。
王の館は、丘陵地ひとつ大きな柵で囲い、木々の緑に覆われた静かな場所にある。一つの大屋根と回りに回廊で繋がる家屋が建っていた。入口には、太い楠木を柱にした門が構えてある。
アスカは館のあるあたりの空を見上げて呟いた。
「何かしら・・・苦しんでいる何かを感じる・・・。」
カケルはアスカの言葉にふっと空を見上げたが、よく判らなかった。
館の門番は、クニヒコの姿を見つけると慌てて駆け寄ってきて、中まで案内した。
すぐに侍女が顔を見せた。
「王様は如何か?」
クニヒコは、侍女に尋ねた。侍女は悲しげな表情をし、クニヒコの耳元で何か囁いたようたった。
「カケル様、アスカ様、急ぎましょう。」
クニヒコは、侍女に案内させて、王の寝所へ向かった。
アスカは、王の寝所に近づくにつれ、眉間に皺を寄せる仕草をした。
「どうした?アスカ。」
カケルが訊く。アスカはカケルの腕を掴んで、袖に顔を埋めるようにして言った。
「何か、怪しげな・・気を・・それと、この臭い・・・。」
「確かに、なにやら、おかしな臭いがしている。」
王の寝所の前まで来ると、白紫の煙が天井に立ち上り、溜まっているのが見えた。
「王様!クニヒコです。・・お気を確かに!」
クニヒコは、王の床に跪くと王の手を握った。微かに王の表情が緩んだように見えた。
「それにしても、この怪しげな煙は何なのだ!」
クニヒコは、脇に控えていた侍女に尋ねた。
「はい・・巫女様が王様の体に宿る邪気を払うためと申されて・・。」
「巫女か。」
「はい、巫女様はお部屋にて、祈祷を続けておられます。」
クニヒコにも、この怪しげな煙が王の体に良いとは思えなかった。しかし、巫女は災いや病を払う絶対的な力を持っている。クニヒコもそれ以上は口出しは出来なかった。
「アスカ様、王の具合を診て下され。」
アスカは、王の傍に座り、じっと王の顔を覗いた。王は、痩せ細り、肌は乾き。黒ずんで見える。口の周りには白く粉のようなものが吹いている。時折、大きく息を吸い込むが、とても苦しそうだった。

2-21桃の花.jpg
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