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2-25 喜多の里 [アスカケ第4部瀬戸の大海]

25. 喜多の里
カケルは迷った。今までとは違う、大きな仕事である。
伊予の国の未来を決めてしまうだろう。失敗すれば、次の王となるイクナヒコはどうなるのか、戦火が広がりはしまいか、それに、アスカとの約束を果たす時がさらに遠のくことにもなる。そのうえ、先の戦いで、カケルはすっかり道を見失ってしまっていた。九重にいた頃と比べ、あらゆるものへの不安が先に立つようになっていた。
しかし、目の前のイクナヒコは、凛とした強さで真っ直ぐに生きようと心に決めている。どれほどの手助けができるのか、カケルには不安の方が大きく、即答できずにいた。
王の傍らで一通りの話を聞いていたアスカが口を開いた。
「王様、そのお役目、私も同行させてください。きっとお役に立てるはずです。」
「アスカ!軽々しく口にすべき事ではない。」
カケルはアスカに言った。
「いえ、イクナヒコ様の志を何とか遂げていただきたいのです。それこそが、真の王のお役目でしょう。ねえ、カケル様、是非、お力添えをいたしましょう。」
九重からここまでの道程で、これほどはっきりとアスカが自らの意思を告げたのは初めてだった。常に、カケルに寄り沿いカケルを援けていた立場であった。だが、今、カケルは道を見失いかけている。このまま東国へ向かうことよりも、カケル自身が生きる道を見出す事こそが大事なのだとアスカは考えていたのだった。
「アスカ様が行かれるなら、私もイクナヒコ様とご一緒いたします。」
アスカの横に座っていたアヤも口を開いた。カケルはもはや断る理由が無かった。
「判りました。イクナヒコ様にご尽力させていただきます。」
イクナヒコの宇和入りが決まった。

「宇和までの道案内には、この娘を連れてゆくが良い。さあ、入れ。」
出発の準備を始めていたイクナヒコやカケルたちを寝所に呼び、王が言った。
「トキコです。・・宇和で生まれ、兄様とともにこの地へ参りました。」
アスカと同じくらいの歳の娘だった。先の王、乙姫の夫として宇和から婿が来た時、付随してきたのだった。伊予に来た時は幼子であったが、今の王の侍女として身の回りの世話を務めていた娘であった。
「兄が亡くなった時、一度、里に戻りましたが、ここでの暮らしが恋しくて戻って参りました。」
長い黒髪を一つに縛り、化粧っ毛はない。強き眼から、自らの生き方は自分で選ぶのだという強い意志を感じられた。
「イクナヒコ様、一つお願いがあります。里へ戻るのに伴にしたい者が居ります。」
そう言って、一人の男を呼び寄せた。館の門番をしていた大男だった。男は無愛想だったが、イクナヒコやカケルに深々と頭を下げた。
「私は、この者と夫婦の契りを交わしております。里へ連れて行き、皆に引き合わせたいのです。見てのとおり、体は丈夫です。大荷物も軽々と運べましょう。お役に立てるはずです。」
すっかり、尻に敷かれている様子だった。
「名は何と申す?」
イクナヒコが訊く。無愛想な大男がようやく口を開いた。
「ツチヒコと言います。勝山から南へ二日ほど歩いた山間にある、喜多の里の生まれです。」

こうして、宇和へ向かう一行は三組の男女となったのである。
勝山から、喜多の里までは、荷車も通れる道が開かれていて、喜多までは数人の従者も付き、米や木の実、魚の干物等を荷車いっぱいに載せて運んだ。アスカとアヤ、そしてトキコは、気があったようで、道中は楽しげに生い立ちの話や、九重での体験、イクナヒコの幼い頃の様子等、尽きることなく話していた。カケルとイクナヒコはそれをただじっと聞きながら、宇和での事をぼんやりと考えていた。大男のツチヒコは軽々と荷車を引き一心不乱に進んだ。
一行は、低い山を幾つか越え、三日ほどで喜多の里に到着した。
運んできた荷物は一旦喜多の里に預けられた。
喜多の里では、ツチヒコの父母が居り、一行を泊める家も提供してくれた。

六人は、囲炉裏を囲んで座っていた。もう初夏を迎えていたが、ここは深い谷あいで、夜は冷えた。囲炉裏に火を起こし、夕餉を取りながら、これからの事を相談した。
「ここからは、高い山を幾つか越えねばなりません。途中、道も崩れているところがあるでしょう。荷は必要なものだけにしていきましょう。」
トキコが言う。
「途中に里はあるのか?」
イクナヒコが訊ねると、トキコは少し考えてから言った。
「昔は小さな里がありましたが・・今、どうなっているかわかりません。」
「幾日かかる?」
今度はツチヒコが訊ねた。
「おそらく三日ほどで、宇和の里へ着けるはず。でもすんなり入れるかどうか・・・。」
「それほどまでに伊予の者を嫌っているのですか?」
今度はアヤが訊いた。
トキコは、残念そうな表情で答える。
「伊予だけではありません。宇和から西へ山を下ると、海があります。その浜の者とも諍いを起こしていると聞きます。厳しい暮らしをしていますゆえ、余所者を嫌うのでしょう。」
トキコの話を聞けば聞くほど、宇和との和解を取り付けることが難しく思え、皆、溜息を吐くしかなった。

2-25肱川.jpg
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