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2-26 手負いの熊 [アスカケ第4部瀬戸の大海]

26. 手負いの熊
一行は喜多の里を出て、しばらくは渓流沿いの道を緩やかに登っていく。川は左右に曲がり、登るに連れて細く、険しくなっていく。
宇和一族への手土産にと、カケルとイクナヒコ、ツチヒコは、勝山から運んで来た米や干物等、背負子で背負えるだけ背負い、山道を登っていく。
初夏の陽射しは、容赦なく降り注ぎ、三人とも玉の汗をかきながら歩いていく。
トキコの言ったとおり、山道は草が生い茂り、ところどころで、落石もあり通り抜けるのも躊躇うほど荒れていた。トキコが先導し、道を開き、アヤとアスカも手伝った。
一日目は、渓流沿いで休む事になった。汗をかいた体を清流で洗い、鳥を獲り食した。
二日目には、いよいよ、渓流から離れ、尾根伝いの道を行く。先には、見あげるような山が四方を取り巻いているように見えた。何処を抜けても、高い峠越えになるのは明らかだった。道は時に山肌に張り付くようなところもあり、背負子を一旦降ろして、小分けにして運ぶ場面もあった。
その日の夕刻には、最後の峠近くまで達していた。夜空の星が近くに見える。一行は、杉の大木の根元の陰に、身を寄り添うようにして眠った。
翌日には、鳥坂の峠を越えた。ここからは下る事になる。しかし、まともな道が見つからない。
「里はあと少しなのに・・・ここから先の道が・・。」
トキコは、峠から少し下ったあたりで道を失い、立ち往生してしまった。カケルが杉の大木にするすると登り、周囲の様子を探る。はるか前方で、細くたなびく煙が見えた。
「里は近い。・・山肌に沿ってゆっくり進めば良い。」
カケルは剣を手に、草や木を切り払い、道を作りながら進む。しばらく進むと、細い川が見えた。
「よし、ここからは川に沿って下れば良いだろう。」
徐々に里に近づいているのが判った。少し開けた平地が見えた。その先、山裾に集落が見えた。
「あそこが、宇和の里。我ら宇和一族は、卯の郷と呼んでおります。」
山の獣が多いのだろう。里の周りには、杉の大木を切り出し杭にした大きな獣避けの柵が設えているのも見えた。
「よおし、もうすぐだ。」
ツチヒコが掛け声を掛けた時だった。
「しっ、静かに。」
カケルが小さく発すると身を屈めた。
「アスカ?」
「ええ・・・気配を感じました。何か、おぞましきものが近づいております。」
アスカも答え、じっと周囲の気配を探っている。
「皆、草陰に身を潜めていてくれ!」
カケルはそう言うと、傍にあった高い楠木に登る。枝に身を隠しながら、周囲をじっと見た。
カケルは人一倍視力がいい。ナレの村でも、深い森の中で迷った友を見つけた事がある。
川の対岸、深い茂みの向こうをじっとカケルが見ている。アスカも、カケルと同じ方向を見た。
ガサガサっと音がする。次いで、バキバキと木の枝が折れる音、野鳥が飛び出してくる。
「グルルルル・・」
低い唸り声が深い茂みの中から聞こえた。カケルは、さっと木から下りた。
「手負いの熊だ。・・背に何本か矢が刺さっている。腹からも血を流している。・・狩りでやられたようだ。・・・人を見れば襲ってくるに違いない。」
カケルの言葉に皆息を飲んだ。逃げるとしてもたくさんの荷物がある。草陰にじっとして行き過ぎるのを待つしかなかった。
そのうち、熊は、足を踏み外したか、傷の傷みに堪えきれなかったか、ごろごろと転がり山陰から川岸へ落ちてきた。
「死んだのか?」
動かなくなった熊を見て、ツチヒコが言った。しかし、熊はすぐに起き上がり、辺りを見回した。カケルの言ったとおり、背中には折れた矢が数本突き刺さり、腹の辺りは赤い血が迸っている。荒い息を吐き、目はすでに正気を失った様子だった。熊は、ずしずしと音を立て、川を下り始めた。川の先には、卯の郷がある。このまま進めば、卯の郷で暴れるに違いない。
「どうする?」
イクナヒコが言う。カケルは迷った。その時、腰の剣から光が漏れた。
「退治せよというのか。」
カケルはアスカの顔を見た。アスカはこくりと頷く。
カケルは、弓を手に一気に川筋に走り出た。そして、卯の郷へ向かう熊へ向けて、弓を引いた。
矢は一直線に飛び、熊の背に突き刺さる。痛みで熊が振り返り、カケルを捉えた。
「ブシュ・・フウウウ」
異様な叫び声を上げながら、カケルに向かって一目散に川筋を上がってくる。
カケルは、剣を抜いた。剣は、淡い光を放っている。
熊はカケルの目の前で仁王立ちになり、その太い腕を伸ばし、鋭い爪を広げ襲い掛かる。
「赦せよ!」
カケルは高く高く飛び上がると、くるりと宙を舞い、熊の首筋に剣を突き立てた。剣は熊の首を貫き、真っ赤な血飛沫が舞った。熊は、どさりとその場に倒れた。熊の周りには、黒い靄(もや)のようなものが立ち上っている。
「もはや、祟り神になっていたようです。放置すれば大きな災いとなったでしょう。」
アスカは、熊の傍に来ると、首飾りを翳し念じた。熊の体に纏わりつく怪しげな靄はゆっくりと渦を捲き、空高く上っていった。

2-26熊.jpg
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