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2-27 卯の郷 [アスカケ第4部瀬戸の大海]

27. 卯の郷
卯の郷から、数人の男が走り出てくるのが見えた。おそらく、郷からも熊の様子が見えていたのだろう。男達は、剣や弓を携えている。
「何者!」
一人の男が剣を構えて、カケルににじり寄る。すぐに、トキコがやって来た。
「私の伴の者です。」
男は、トキコの顔を見ると驚いた様子でその場に跪いた。
「これは、トキコ様ではありませんか。いつ、伊予から戻られたのですか?」
「さきほどここへ着きました。しかし、森から荒ぶる熊から現れ、身を潜めておりました。あの熊はかなりの傷を負って居りました。宇和の者が狩りをしたのですか?」
男は、頭を垂れたまま答えた。
「ここ数日、田畑が荒らされておりました。おそらく、熊の仕業であろうと思い、山に入り仕留めようとしておりました。」
「祟り神になっておりました。カケル様が成敗せねば、郷にも災いが及ぶところでした。」
トキコの言葉を聞き、男はカケルをチラリと見たが、何も言わなかった。
「郷へ案内してください。・・伊予の王からの使者です。長様にご挨拶に参られたのです。」
「トキコ様、それどころではありません。長様が、熊にやられ大怪我をなさっております。使者などと会う事も叶いませぬ。・・すぐに郷へお入り下さい。」
トキコは、男の言葉に驚きを隠せなかった。
「すぐに行かれるが良い。」
イクナヒコがトキコに促した。男たちと伴に、トキコは急いで郷へ戻って行った。

カケルたちは、熊の亡骸を弔った後、荷物を背負い、遅れて、卯の郷の入口に向かった。
卯の郷は、行く筋かの川を天然の濠にして、獣除けの柵に囲まれていた。
カケルたちは、柵に凭れるようにして座り、トキコを待つ事にした。
目の前には、畑が広がっている。初夏のこの季節ならば、米や野菜が大きく育っているはずだが、ここには僅かしかなかった。
「トキコは、長の妹だと話しておりました。」
無口なツチヒコがぼそりと言った。
「長様の傷はどれほどなのでしょう・・。」
アヤがまたぼそりと言った。
アスカも、アヤの言葉にちらりと柵の方を見たが、何の動きもないようだった。
イクナヒコは、考えていた。このまま、長に万一の事があれば、和解を取り付けることなど当分叶わぬ事になる。
門が開き、トキコが飛び出してきた。
「アスカ様!・・兄を救ってください。」
トキコはアスカの手を取り懇願した。すぐにアスカはトキコと伴に郷の中へ入った。
郷にはたくさんの家が立ち並んでいた。その一番奥、大屋根を持った館が長の居所であった。アスカはトキコに引かれ、館の奥の部屋に招かれる。真ん中に横たわり、苦しそうな声を上げているのが長だった。右腕が肘から無く、布できつく捲かれているが、その布は真っ赤に染まっている。両足やわき腹辺りにも血に染まった布が捲かれていた。
「熊に襲われました。昨夜から寝ずの看病を続けておりますが・・さすがにこれだけの傷・・手の施しようもありません。」
脇にいた男が悔しそうに言う。長が横たわる部屋の奥では、巫女が必死に祈祷をしていた。
「アスカ様、貴女のお力で、兄をお救いください。」
アスカは、トキコに促され、長の傍らに座り、左手を差し伸べ、右手で首飾りを握り締める。
じっと眼を閉じ念じようとするが、心が乱れて上手くいかない。
「巫女様の祈祷を止めさせてください。祈祷では傷は癒せません。」
アスカの言葉に、男達は驚き、すぐに祈祷をやめさせた。
再び、アスカは念じた。徐々に、首飾りから温かな光が漏れ始める。光は、アスカの体を包み込み、差し出した左手の先から、ゆっくりと長の体へ伝わっていく。そして、徐々に長の体も光に包まれた。周りに居た男達は、目の前の光景にあっけに取られ、声も出なかった。光は更に大きく強くなっていく。

柵の外に居たカケルの剣も呼応するように光り始めた。
《カケル様、力をお貸し下さい》
カケルの頭の中に、突然、アスカの声が響いた。
カケルは剣を握り締め、アスカと同じように念じた。カケルの剣の光が強くなり、柵を越え、郷全体を包み込むほどになる。郷にいる者すべてが、その光に癒されていく。

横たわる長が、ゆっくりと目を開いた。
光が徐々に消えていく。まるで、泡が弾けるように、金色の光が目の前からパッと消えていく。郷の子どもが、その光を追いかけようと走り回る。そして次第に元の風景に戻った。
「どうしたことか・・傷みが消えている。」
長が、ようやく口を開いた。長の居所に詰めていた男たちが、歓声を上げて喜んだ。
「アスカ様!ありがとうございます!」
トキコがアスカの背に縋りつき、喜び嬉し涙を流した。アスカはニコリと笑ったが、そのままその場に倒れこんでしまった。柵の外にいたカケルも剣を握ったまま、気を失い、その場に倒れ込んだ。

2-27土塁.jpg
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