SSブログ

2-28 誤解 [アスカケ第4部瀬戸の大海]

28.誤解
アスカの起こした奇跡は、すぐに宇和一族の住むほかの郷にも伝わり、たくさんの者が卯の郷に集まってきた。だが、アスカはカケルと供に意識を失ったまま目を覚まさなかった。人々は、二人が目覚めるのを待ちわびていた。

トキコは、二人が目覚めるのを待ちながら、イクナヒコに託された仕事をどうにか叶えようと、宇和の者の仲立ちに奔走した。
宇和一族は、カケルの生まれたナレの村と同様に、一人前になった男を、尊(みこと)と呼んだ。そして、尊たちは、それぞれの郷の中の小さな集落を纏めていた。郷には、尊の中から選ばれた「兄役」が居り、長を援けていた。宇和には、ここ卯の郷のほか、西には子の郷(ねのさと)、東には巳の里(みのさと)があり、従って「兄役」は三人いた。トキコは、三人の「兄役」と、長が居所にしている館の部屋で、イクナヒコと対面させた。
「兄役様、お久しぶりでございます。」
「おお、よく戻った。長様の大事に、神の力を持つお方を連れてくるとはな、礼を申す。」
卯の郷の兄役、ツキヒコが口を開く。続いて、子の郷の兄役ワタリヒコが訊いた。
「あのお方は、どういうお方じゃ。」
「アスカ様と申されます。もうお一人は、カケル様。いずれも九重から旅をされておるそうです。」
「九重から?・・では、賢者カケル様と女神と呼ばれるアスカ様なのか?」
「はい、クニヒコ様はそう申されておりました。」
「だが、そのお二人が何故このようなところまでおいでなのじゃ?」
ツキコは、伊予での出来事を一通り話して聞かせた。
「東国の兵を退け、その御霊を天に昇らせ、さらに王の命までも救ったとは・・何というお方なのじゃ。」
一同は驚きを隠せなかった。
「実は、此度、王の使者を宇和まで案内するお役目を果たすために戻って参ったのです。」
「王の使者?」
ツキヒコが訝しげに尋ねる。
「こちらが伊予の国王の使者として参られたイクナヒコ様です。」
イクナヒコは緊張した面持ちで、深くお辞儀をした。隣に居たツチヒコも深々とお辞儀をした。
兄役たちは、三人の様子を注意深く見ている。
「王の使者とは・・どのような用向きであろう。」
ツキヒコの問いにイクナヒコが顔を上げて答えた。
「伊予の王は、宇和一族との和平を望んで居られます。・・たびたび縁を結ぼうとして参りましたが、思うようにはいかず、此度こそ、皆様と伊予との和解を得たいと参った次第です。」
「伊予との和平?・・・何か話しが見えぬな。・・・先々代の王は度々我らのところへ使者を立て、我らに服従をせよと脅してきたのだ。それゆえ、乙姫様へ婿を、そして今の王へ姫を差し出した。・・・力で従えようと我らを脅してきたのは伊予ではないか!」
ワタリヒコが強い口調で答えた。
今度はイクナヒコが混乱した。これまで、クニヒコからは、宇和一族が、山を越えて、伊予の里へ戦を仕掛け、脅かしてきた怖ろしき一族と聞かされていたのだった。
「本当に和平を望むなら、王自ら足を運び、これまでの非礼を詫びるべきだろう。」
ワタリヒコは更につい口調でイクナヒコに迫った。
「お待ちください。お互いに何やら誤解をしているようです。」
ツキコが間に入った。
ツキヒコが、これまで何度か来た、伊予の使者の話を聞かせた。どうやら、使者は王の真意を正しく捉えず、貧しき暮らしをしていた宇和一族を見下し、横柄な態度で脅すように従える事をしていたようだった。その為に、宇和一族は態度を硬化させ、伊予への使者も敵意を持って接していたようだった。
「我が郷は、南に土佐、西に八ヶ浜という小国があり、双方から、兵によって脅かされてきたのです。唯一、伊予国だけを頼りにしておったのですが、先々代の王の時、従うよう命じられ、もはや為すすべなく、長く耐えておったのです。」
「何という事。伊予国では、宇和一族こそが脅威と思っております。」
「何を筋違いな・・・我らが伊予国を攻め入るとしても、わずかこれだけの男しか居らぬ里、それにあの高き峠を越えてまで、何故に攻め入る事ができましょう。」
ツキヒコの話は尤もだった。三日を掛けて通ってきた道は、長く人が通わぬほど廃れていた。何より、伊予と比べれば力の差は歴然としていた。
お互いを疑心暗鬼に捉えたことが全ての誤りであったと双方で理解できたようだった。
ツキコが言った。
「使者として来られたイクナヒコ様は、次の王となるべく、此度のお役を果たされる事になったのです。」
「イクナヒコ様が、次なる伊予国の王?」
兄役たちは驚いた。
「王となるお方、自らが、我が地へ来られたのか?・・・判りました。今後、我らは伊予国と供に生きる事を誓いましょう。」
ツキヒコが言う。イクナヒコは、その言葉に喜び、兄役たちの手を取って言った。
「私は、カケル様から戦の愚かさと、供に生きる事こそが大事であると教わり、此度、宇和一族との和平を望み参ったのです。何と礼を申せば良いか。伊予の者たちも喜びましょう。供に助け合い、生きてゆきましょう。」

2-28夜明け.jpg
nice!(7)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 7

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント

トラックバック 0