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2-10 白き狼 [アスカケ第5部大和へ]

10. 白き狼
イコマノミコトは、葦の平原を抜けて、広瀬の丘に辿り着くことが出来た。
「何者だ!」
広瀬の里は、周囲をうろつく円の兵に神経を尖らせていて、イコマノミコトは、広瀬の里の入口で、男達に囲まれた。
イコマノミコトは、葛城王の使者としてやってきたことを告げたが、俄かには信用されず、小さな小屋に入れられ、囚われの身となってしまった。
「モリヒコ様は無事にカケル様の元へ行けたのだろうか?」
イコマノミコトは、小屋の壁にあいた小さな穴から外の様子を伺いながら、一晩を過ごした。
翌朝には、広瀬の里の長が、小屋を訪れた。イコマノミコトは依然、葛城王の元を訪れた広瀬の長と面識があり、すぐに解放された。
「済まない事をした。昨夜は、円の兵どもが里の周囲をうろついておったゆえ、若衆もいきり立っておったのだ。許してくれ。」
長は、ミコトの前に座り深々と頭を下げた。
イコマノミコトは、広瀬の里へ来た理由を告げると、長はすぐに、若衆を沼へ向かわせた。

その頃、モリヒコはカケルを背負い、葦の原を一晩中歩いたが、里に辿り着く前に疲れ果ててしまい、沼の畔で動けなくなっていた。
泥濘む足元、自分より上背のあるカケルを背負い歩き続けただけではなかった。岸辺で円の兵達を脅した時、一本の矢を足に受けてしまっていたのだった。
カケルの怪我の具合は芳しくない。僅かにあった意識さえも今はほとんどなく、身体も冷え切ってしまっている。何とかせねばならない、そう思いながらも、モリヒコ自身も傷ついている。
自らの不甲斐なさに、思わず涙が零れてくる、悔しさと情けなさでどうしようもなかった。
その時、近づく足音を感じた。
モリヒコは何とかうつ伏せになると、腰の短剣に手を掛けた。
徐々に、足跡は近づいてくる。一人ではない、数人が葦を掻き分けながら近づいてくる。
「ここだ、ここに居られるぞ!」
その声に、散らばっていた足音が一斉に向かってくるのが判った。万事休すとモリヒコが諦めた時、再び声がした。
「モリヒコ様、カケル様ですね?」
広瀬の里から来た若衆たちだった。すぐに二人は抱きかかえられ、里へ運ばれた。

無事にカケルとモリヒコが広瀬の里へ逃げ込めた事を知らせるために、イコマノミコトは、すぐに當麻の隠れ里へ戻る事にした。隠れ里へ戻る途中、焼け落ちた葛城の館の様子を見る事にしたイコマノミコトは、陣へ引き上げようとする兵達の会話を聞いた。
「本当だ!真っ白な狼がいたのだ!恐ろしき眼で・・」
「いや、あれは獣ではないぞ。物の怪の類に違いない。」
「ああ・・顔は人のようであったし・・手足も狼とは違うような・・・。」
「夕闇に紛れて襲われたんじゃ、堪らん。・・日暮れ前に陣へ戻ろう。」
「どうせ、このあたりには葛城一族は居らぬ。・・・早々に引き上げるとしよう。」
葛城川の岸辺で夕闇の浮かぶ狼の姿を見た兵たちは、仲間たちに、話して聞かせていたのだ。
「白き狼?このあたりには狼など居ないはずだが・・・」
塀の陰に隠れて話を聞いていたイコマノミコトは、兵達の話の意味が判らなかった。物の怪の類か、野犬を見間違えたのか、いずれにしても、円の兵たちが戦に疲れている事は察知できた。
イコマノミコトは、隠れ里に戻ると、カケルとモリヒコが無事広瀬の里に入った事、広瀬の里も円の兵達を警戒し戦支度が出来ている事を、葛城王やシシトに報告した。そして、円の兵たちは戦に疲れている事も告げた。
「ミコトよ。私は、大和の国、いや倭国の為、兵を挙げることにした。これ以上、豪族たちの醜い争いで民が傷つくのは避けねばならぬ。力を貸してくれるな?」
葛城王の言葉に、イコマノミコトは是非にもないと賛同した。
「いずれ、那智一族、伊勢一族も合力するはず。そなたは、大和の国の里を回り、王君へ合力するよう説得してくれぬか?」
シシトがミコトに言うと、ミコトは頷いた。そして、
「円の兵どもが、白き狼が出たと話しておりましたが、シシト様、この辺りに狼がいるのでしょうか?」と訊いた。
「はて、白き狼とは・・・初めて聞く。猪や鹿は多いが、狼などは見たことはない。もし、いるならば我らも用心せねばなるまい。」

アスカやハルヒは、イコマノミコトから、カケルとモリヒコが無事広瀬の里で養生している事を聞き、安堵した。そして、何とか広瀬の里へ行けないものかと、ミコトに相談した。
「今すぐは無理でしょう。まだ、円の兵たちがうろついています。王も兵を挙げる覚悟をされました。この辺りにいる円の兵どもを追い出す事が先決です。今しばらく、待たれたほうが良いでしょう。」
「・・・そうですか・・・。」
「それに、白い狼が出たという噂です。用心したほうが良いでしょう。」
アスカとハルヒは、顔を見合わせた。
二人とも、カケルの獣人の姿を思い浮かべていた。だが、カケルは怪我をして動けないはずだった。

2-10白い狼.jpg
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シラネアオイ

おはようございます。
急に春がやってきて忙しい毎日です!!
by シラネアオイ (2012-05-16 09:32) 

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