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2-9 葛城川 [アスカケ第5部大和へ]

9. 葛城川
モリヒコは、里を出て葛城川を探した。
山中を南へ進み、日暮れ近くにようやく、川縁に辿りついた。出掛けに、アスカから、カケルが横たわっている葦原の様子は聞いた。冷たい水に半身が浸かり、動けない様子で、おそらく一晩、この寒さの中にいればきっと絶命してしまうだろうと思われた。モリヒコは焦っていた。一刻も早くカケルの許へ行かねばならない。
前方に焚き火の灯りが見えた。モリヒコは歩みを止め、咄嗟に葦の茂みに隠れた。モリヒコは焚き火の様子を伺った。男達が数人、捕らえた水鳥でも焼いているのか、座り込んで何かを食べていた。モリヒコは対岸を見た。対岸にも同じような焚き火が見える。川に潜って進めないかと様子を見たが、、まだ川幅も狭く、身を隠せるような深さもなかった。
徐々に日が落ち、夕闇が広がってくる。静寂な暗闇の中、焚き火の周りの男たちの声が響くだけ。
モリヒコは、腰につけた短剣をそっと抜いた。そして、刀身を素手で握る。痛みと供に赤い血が一筋流れ落ちた。次の瞬間、モリヒコの身体がぶるぶると震えだした。一つに束ねた黒髪がばっと広がる。見る見るうちに真っ白に変わった。更に、手足も白い毛が覆い尽くした。
「ガルウウウ・・・」
低い唸り声が漏れる。その声は、川岸の焚き火に集まっていた兵達にも聞こえた。
「おい!・・何か聞こえたぞ!」
兵達は、剣や弓を手にして立ち上がった。対岸に居た兵達も、異変に気付き、立ち上がった。
闇が広がり、人の目では辺りの様子ははっきりとは判らない。
「獣か?・・熊でも現れたか?」
「いや、闇の中で熊は姿を見せない、野犬か?」
ひときわ大柄な男が、松明で先を照らしながら、右手に剣を構えて、モリヒコの居る辺りにゆっくりと歩み寄ってきた。
「グルルル・・・・。」
闇の中に、光る目が見えた。
「野犬か?・・ほら、出て来い!」
男はそう言って、松明を振り回し威嚇しようとした。
バッと葦の原から、大きなものが高く飛び上がった。
「うわあ・・・!」
男は驚いて松明を放り投げた。様子を伺っていたほかの男たちも、松明の明かりに浮かんだ黒い影を見て驚いた。飛び上がった黒い影は男たちの前に立った。全身、真っ白の毛の覆われ、熊よりも一回り大きく、長い牙を持った白い狼だった。
男たちは腰を抜かし、剣を目の前に翳し、ぶるぶると震えているが、気丈な男が立ち上がった。
「化け物め、こうしてくれる!」
男は弓を弾いた。白い狼はさっと矢をかわすと、再び高く跳ね上がり、弓を弾いた男の前に立ちはだかった。さすがに、男も驚き、弓を放り投げた。対岸に居た男たちは、その様子を見て、一斉に弓を弾いた。暗闇の中、飛んでくる矢を白い狼は確実に避ける。そして、再び高く跳ね上がると一気に川を越え、男たちの前に立った。
「グウオーン!」
白い狼は、夜空に向けて、大きく吠えた。そして、男たちを蹴散らし、二度ほど大きく跳ね上がると、葛城川の岸辺を沼のほうへ走り去った。
兵達は、しばらく恐怖で動けなかったが、正気に戻ると、松明を手に慌てて、兵の頭目がいると砦へ一目散で戻って行った。

モリヒコは、カケルと同様に、獣人に変化する力を持っていたのだった。それは、おそらく、ナレの一族と忍海部一族の祖が持っていた力なのかもしれなかった。
白狼に変化したモリヒコは、沼に到達すると、徐々にもとの人間の姿に戻ると、座り込んでしまった。獣人に変化すると体力の消耗が激しく、しばらく動けないのだった。
沼の縁に座り込んだモリヒコは、ぼんやりと夜空を見上げた。月が光っていた。
「こんな事では、カケル様をお救いできぬぞ・・・。」
モリヒコは自分に言い聞かせるように呟く。少し先に、何かきらりと光るものが見えた。目を凝らしてみる。月の光が何かに反射しているようだった。確かにそこに何かあるようだった。
モリヒコは、ようやく立ち上がり、膝まで水に浸かりながら、ゆっくりと近づいてみる。
「おお、カケル様!」
光っていたのは、カケルの持っている剣だった。カケルは、右足を怪我しているようだった。出血は止まっているようだが、意識が朦朧としている。
「カケル様、モリヒコです。お助けに参りました。もう大丈夫です。」
朦朧とした意識の中で、カケルはわずかに頷いた。
モリヒコは、カケルの身体を水辺からゆっくりと引き上げ、葦の原の中へ横たえた。
「随分、冷えている。このままではいかん。待っていてください。」
モリヒコは、葦の原から静かに抜け出ると、近くに立っていた木の上に登った。
イコマノミコトが言っていた広瀬の里の方角を探した。月の光にぼんやりと山影が浮かんでいる。沼から北の方角のはずだった。かなり離れているが、こんもりと茂った森が見えた。
「あそこだな。」
モリヒコは木から降りると、カケルの許へ戻り、カケルを背負った。
「カケル様、しっかりしてください。きっと援けますから。」
そう言うと、モリヒコは、沼の縁に広がる葦の原を分けながら、広瀬の里を目指した。

2-9葦の原.jpg
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