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2-17 物部のマサラ [アスカケ第5部大和へ]

17. 物部一族の長 マサラ
葛城王は、アスカを連れ、イコマノミコトたちに守られて、峠を超えて、難波津へ向かった。
モリヒコとハルヒは、シシトたちとともに、葛城の館に残り、物部一族の出方を伺っていた。
王が出発して、1週間ほどして、磯城王が兵を挙げ葛城の宮へ向かったという話が伝わってきた。磯城宮から、大和盆地の中央に広がる沼地を多数の船に乗った兵がまっすぐ葛城川の河口へ迫る。
沼地を横切る兵の船は、先頭が河口に到着してもなお、最後尾は出航できないほどの数であった。先頭を物部一族の兵、次を蘇我一族の兵、そして最後には美濃一族の兵が続いた。

溢れかえるほどの兵は、松明を手にして、葛城の宮を完全に包囲した。
宮の正門には、錦の甲冑に身を包んだ髭面の男が立った。
物部一族の長、マサラであった。
「我らは、大和の大王、磯城王の軍である。葛城の宮、直ちに門を開かれよ!」
ゆっくりと門が開く。館に続く広場の中央には、荒縄に縛られたカケルが座っていた。両脇に、シシトが跪いて、マサラを出迎えた。
マサラはじろりと葛城の館を睨み渡したあと、カケルの前に立った。
「當麻の長、シシトでございます。葛城王は逃亡されました。」
「何?逃げたと?いずこへ?」
シシトは神妙な面持ちでゆっくりと答える。
「先年、円の軍が葛城を攻めた際、この館は焼け落ちました。葛城王は山中に逃れましたが、當麻の里にて捕らえておりました。」
「だが、逃げたと・・。」
「はい。円の軍が広瀬の里にて敗れた事はご存知でしょうな?」
「おお、かのカヤツヒコの軍をわずかな手勢で打ち破ったと聞いておる。」
「その者、葛城王の皇女の夫、ここに居る者でございます。」
「ほう・・その方が、カヤツヒコを倒したのか。・・・だが、ここに囚われておるが・・。」
「葛城王を捕らえた我らと、取引をいたしました。葛城王を解き放つ代わりに、この者を人質にしたのでございます。・・怖ろしき力を持つ者を人質に出来れば、我らとて無用な戦いをせずに済みまする。」
それを聞いて、マサラが言った。
「なんと、自らの命を差し出して、王を助けよと言ったというのか?・・なんと愚かな。葛城の王など、倭国を治める資質もない小心者じゃ。そなたも不憫なことじゃ。だが、シシトよ。その者をどうするつもりじゃ?」
「はい・・この先、磯城王様が倭国を治めるには、やはり葛城の宮との戦は避けられぬでしょう。その際、この者を人質にすれば好都合かと・・我ら當麻一族は、この者をマサラ様に引き渡しましょう。」
「ほう、それは殊勝な心がけじゃな。よし、その者、貰い受けよう。」
マサラは手下の兵に指図して、縄に縛られたカケルを引っ立てて、小さな檻の中へ押し込んだ。そして、広場の真ん中へ晒し者のように置いた。
館を取り巻いていた兵達は、開いた門から次々に入り込み、屋敷中に広がり座り込んだ。
シシトは、マサラを館の広間へ案内した。
「この館は、まだ新しき様だが・・。」
「はい、焼け落ちた屋敷跡に新しき館を作りました。磯城王が即位されると聞き、この地をぜひ磯城王の離宮にしていただければと考えました。」
「なんと、そなた、忠誠を誓う術を心得ておるようじゃな。良かろう、この地は磯城王の離宮とし、我が一族が使わせてもらうとしよう。」
マサラの物言いは、まるで自らが王であるかのようであった。
その夜、広間の奥の部屋には、マサラとともに、曽我一族の長、カラコが居た。
「マサラ様、ご用心されたほうが良いかと。・・當麻一族は古くから葛城の宮を守っておりました。此度の事には何か裏があるに違い在りません。」
カラコは、部屋の隅に座り、俯いたまま言った。
「ふん、そのような事は百も承知じゃ。當麻のシシトは、葛城王を匿っておった。我が軍が攻め入ると知り、葛城王を難波津へ逃したのであろう。」
「では、いっそ成敗されれば宜しいかと・・。」
「それは容易い事だが・・・當麻だけでは済まぬ。広瀬も、平群も、いや、大和の里全てを成敗せねばならぬ事になろう。さすれば、磯城王は大和を滅ぼす悪しき王と末代までのそしりを受けるやも知れる。今は、まず、王への忠誠を広げ、大和の地を完全に手中にする事が肝要なのだ。」
「しかし・・・」
「カラコよ、そなたはやはり小さき男じゃな・・・蘇我一族が栄えぬのはそなたの器量の小ささゆえじゃ。もう良い、下がれ。」
カラコは、苦々しい表情を浮かべ部屋を出た。
蘇我一族は、元々、先の王君、庵戸(いわと)の宮を支える第一の豪族であり、北国に通じ多くの里を従えていた。しかし、王君は、権勢を誇る蘇我一族が疎ましくなり、平群一族と円一族を重用し、曽我氏を遠ざけたのであった。王君崩御の際に、蘇我一族は離反し、物部一族に味方したのであった。以来、蘇我一族は豪族でありながらも、物部一族の臣下のごとき扱いを受けていた。
物部の軍は数日、葛城の館に留まった後、磯城王即位のために宮へ戻って行った。

2-17神殿.jpg
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