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2-19 磯城宮の牢獄 [アスカケ第5部大和へ]

19. 磯城宮の牢獄
磯城宮では、即位式を行なうための支度が進んでいた。すでに、東国の里へは、即位式を行なう新しい御殿建設の役務が発せられ、多くの人夫が集められ、完成間近となっていた。
カケルは、葛城宮から荒縄に縛られたまま、船で磯城宮へ移送され、宮殿の地下の牢獄に入れられた。牢獄には幾つか部屋があり、カケルの他にも何人か投獄されていた。何人かまとめて入れられた大部屋もあったが、カケルの入れられた小部屋も他に幾つかあった。そうした小部屋には、番人が一人ずつ置かれていて、身の回りの世話をしている様子もある。カケルの部屋にも、女人が一人付けられていた。着衣はみすぼらしいものだったが、背を正して座る姿には気品が感じられ、おそらく、元は高貴な位にあったものではないかと伺わせた。昼と夜の二度、食事が運ばれ、着衣も数日に一回は交換された。その度に、女人が部屋へ入り、食事や更衣の手伝いをするのだった。
カケルが牢に入れられて二日ほど経った頃、マサラが顔を見せた。
マサラの後ろには、衛士らしき男が錦の衣を来た子どもを取り巻いていた。
「磯城皇のお出ましである。神妙にせよ!」
マサラが牢獄に響き渡る声を発した。錦の衣を纏った子どもは、磯城皇であった。まだ幼く、自らが何をしているのかさえ判らぬほどであった。磯城皇は、取り囲む衛士の間から見える、牢の中を覗きこみ、黙って座り込む罪人を怖がっている。
「この者達は、皆、罪を犯したゆえにここへ入れられておるのです。」
マサラは、王の前に跪く事も無く、見下ろすように言った。磯城皇はただ頷くばかりだった。
しばらく、様子を見た後、磯城皇はこれ以上ここに居たくないという表情を浮かべたので、マサラは王を抱きかかえ、階上へ上がっていった。
「ふん・・王とは名ばかり・・・マサラの思いのままじゃな。」
カケルの向かいの部屋から声がした。薄暗い部屋の一番奥に、横になった男がいた。男は、ごろりと身を動かすと、カケルに視線を向けた。
「お前は何ゆえ投獄されたのだ?」
カケルは何と答えるべきか考えた。相手の素性も判らぬままでは安易に素性を明かすことは出来なかった。
「まあ、良いさ。・・わしの名は、ヒビキ。・・平群の長であった。」
「平群の長様が、何故このようなところへ・・。」
「・・円一族との戦の事は知っておるか?」
「はい・・・カヤツヒコなる者に平群一族は敗れ、皆、離散したと聞いております。」
「ああ、そうだ。我らは敗走し、蘇我一族を頼った。元は同じ皇に仕えていたからな。しかし、蘇我一族は、我らを捕らえ物部へ引き渡した。多くの者は命を奪われた。そして、わしはここへ投げ込まれたのだ。」
ヒビキの話を聞き、カケルは自らの素性を明かすことにした。
「私はカケルと申します。葛城王のもとに居りました。我が妻は、王の皇女です。」
「なんと・・葛城王に皇女が居られたのか・・その上、そなたが夫。ならば、葛城の皇子ではないか。何故、ここにいる。・・いや・・葛城王はすでに物部に討たれてしまわれたのか・・。」
「いえ。葛城王は難波津へ逃れて居られます。物部一族の邪な所業を許すことはできません。一旦、難波津へ逃れ機を待っておられるのです。」
「そうか・・・だが、何故、そなたは捕らえられたのだ?」
「里の民を守る為、我が身を物部に差し出せば、里の者は赦されるだろうと考えました。」
「なんと、我が身を犠牲にしたというのか。」
ヒビキは身を起こし、まっすぐカケルに向き、先ほどとは違う神妙な面持ちで話をした。
「円一族はどうした?」
「円一族の将、カヤツヒコは広瀬の里にて討ち果たした後、離散しました。すでに大和の西の里は平穏に戻りました。」
「カヤツヒコが敗れたというのか?・・あれほどの男が・・・そなたが倒したのか?」
「いえ・・私だけではありません。広瀬の若衆たちと力を合わせて・・。」
「そうか・・・やはり、葛城王のお力は大きかったか・・・ならば、もっと早く立たれておれば、このような事にはならずに済んだはず・・・我らとて・・。」
ヒビキは床を叩いて嘆いた。それを見てカケルは不思議に思い、訊いた。
「・・平群一族が武力を持って次なる王を立てようと動かれたと聞きましたが・・違うのですか?」
カケルの問いに、ヒビキは顔を真っ赤にして怒りを露にした。
「違う。我らは、葛城王こそが次なる王になるお方と考えていた。だが、円一族が先の皇君の后とともに、何やら画策を始めたと聞き、何としても止めねばならぬと蜂起しただけじゃ。」
カケルは、ヒビキの話から、どうやら円一族と平群一族の戦は、別の謀の末に起きたものだと思った。そして、互いに戦う事で得をするのは、物部以外になく、もしかすると、カヤツヒコも、物部が送り込んだ将ではなかったのかと思い、尋ねた。
「円一族の画策とは確かなのですか?」
「・・カヤツヒコが我らに攻め入ってきたのが何よりの証拠であろう・・・。」
「円一族の長様とはお会いにはなられなかったのですか?」
「・・ああ・・我らが、一旦、円一族の館へ攻め入った時には、すでに逃げたあとであった。皇后とともにどこかへ隠れたに違いない。」
カヤツヒコの軍は、葛城の館周辺にうろついていたが、円一族の本隊を見たことはなく、カヤツヒコを倒した後も、円の兵はどこにも現れなかった。
やはり、円一族の画策などなかったのではないかとカケルは考えていた。
その時、牢獄へ降りてくる足音が聞こえた。

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