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3-1 物部のイロヤ [アスカケ第5部大和へ]

1. 物部のイロヤ
物部のイロヤ率いる軍は、穴虫峠を越えて真っ直ぐに難波津を目指した。峠を下ると、草香江の湿原に踏み入れる事になり、やや南下して兵は進んだ。二日ほどで、イロヤは堀江の庄が見える辺りにまで達していた。
「イロヤ様、この辺りには長居は無用と存じます。」
「如何した。」
「草陰あたりに・・あの茂みの辺りに・・やや・・居ましたぞ。・・あ奴らは、不治の病に罹りし者。おそらく、難波津から放り出された者たちにございます。・・病が及ぶやも知れませぬぞ。」
兵の一人が言うとおり、イロヤの軍の周囲には、かつて、『念じ者』と呼ばれた男たちらしき者が草陰に隠れていた。黄色い布で全身を覆い、手足を曲げ、よたよたと歩いている。
イロヤは薄気味悪さを感じて、急いで軍を進めた。その先には、堀江の庄まで、ただ草だけが生える平原が続いていた。
日暮れが近づいている。
「今宵はここにて野宿だな。」
周囲には立ち木一つなく、遠くに堀江の庄の館の明かりが見える。イロヤは軍をここに留め、野営することにした。平原の真ん中である。身を隠す事等不要といわんばかりに、兵達はあちらこちらに焚き火を作った。

難波津の宮には、すでに、物部の兵達が向かっているという知らせが届いていた。草叢にいた者達は念じ者ではなく、ソラヒコが出した斥候(ものみ)であった。
「摂津比古様、物部のイロヤが率いる軍が、堀江の庄の先に陣を張りました。」
斥候から知らせを受けたソラヒコは、新しく造営された宮殿の広間に行き、様子を報告した。
「どれほどの頭数だ?」
葛城王とともに、広間に居た摂津比古が訊いた。
「百人ほどでございます。」
「では、本隊はまだ到着しておらぬのだな。」
「はい・・しかし、我らも備えをせねばなりません。」
「何か、策はあるのか?」
摂津比古の問いに、ソラヒコが答える。
「忍海部のレン様が、今、手筈を整えておられます。」
「そうか・・・くれぐれも、無理はせぬよう。」
葛城王のもとには、即位の宣下とともに、西国から多くの長が祝いの挨拶に訪れていた。
宣下は、難波津の港にいた船を通じ、西国に伝えられた。葛城王が即位した知らせとともに、カケルが物部に囚われている事もすべて伝わり、明石や伊予、そしてアナトの国からもかけるのみを案じた者達が集っていた。そして、それぞれにカケルに受けた恩に報いたいと考えているのだった。忍海部一族は、知らせとともに、レンをはじめ十人ほどの男達が来て、先に、水路作りを手伝った者と合流して、葛城王の身を守る衛士(えじ)となっていた。
長く隠れ暮らしてきた想いが、元<念じ者>のソラヒコたちとも分かり合えたのか、この度も、ともに動いていたのだった。

レンたちは、夜陰に紛れて、水路を渡り、イロヤの兵達が休んでいる平原を取り囲んだ。そして、イロヤの兵をぐるりと囲むように、刈った草を積み上げた。
朝日が平原に射し始め、イロヤの兵が一人、また一人と起き上がり始めた時だった。
「よし、やれ!」
レンの号令で、兵を取り囲んだ刈り草の山に火が放たれた。白い煙が幾筋も上がった。そして徐々に赤い炎が空に向けて立ち上がる。兵達は煙の臭いに驚いた。そして、周囲が全て煙に包まれていくのを見てうろたえた。
「どうした事だ!」
イロヤも慌てている。装束を纏い、立ち上がると、火が徐々に迫ってくるのが判った。どちらに逃げてよいのか判らぬ。引き返そうにも、煙に撒かれて身動きが取れない。そのうち、煙の中から声がした。
「こっちだ!」
その声に、うろたえた兵達は一気に動いた。そして、声のするほうへ一目散に走り出す。イロヤも同様であった。確かに、声のするほうには炎が見えない。煙も薄くなっていくように感じられた。とにかく一目散に進む。すると、目の前に大きな川の流れが広がった。いや、川ではない。ソラヒコ達が作った巨大な水路であった。ごうごうと音を立てて流れる水路を目の前に立ち竦む。
ふと顔を上げると、水路の対岸には、里があった。
「あれは?」
「きっとあれは難波津・・。」
そう言ったときだった。何処からか矢羽が飛んできた。
目を凝らすと、水路の淵に止めた船に、弓を構えた多数の男達が並んでいる。その背後、堀江の庄の岸辺にも多くの男達が立っていた。
矢を避けようにも、背の低い草が生えている程度の砂地である。反撃しようにも、逃げ出すのに精一杯で、大した武器も持っていなかった。
さらに、後ろからは火の手が迫ってきた。兵達は、逃げ場所を見失い、水路に身を投げる者もいて、水路の激しい流れに揉まれて命を落とした。躊躇している間はない。背後からは炎、正面からは矢羽の挟み撃ちで、イロヤの軍は為すすべなく敗れた。
イロヤは、レンの放った矢に射抜かれ絶命した。

3-1湿原.jpg
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