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3-2 マサラの誤算 [アスカケ第5部大和へ]

2.マサラの誤算
息子イロヤの敗死など露も知らず、マサラ率いる万の大軍は、大和川をゆっくりと船で下り、草香江の海に入ったところだった。波一つ無い穏やかな内海を、兵を乗せた船は滑るように進んでいた。
「御館様、これ以上は進めません。」
船頭の一人が申し訳無さそうに言う。
「如何したのだ?」
マサラは、まるで船旅でもしているかのようにのんびりした口調で言った。
「船底が付いて、これ以上は進めません。草香江の水位が下がっております。」
大和から来た者の誰一人、堀江の水路が完成していたことは知らなかった。
目の前には、干潟が広がっている。目指す難波津はまだ先である。以前は、水位も高く、難波津の館のすぐ北側の岸辺にまで船は着けられた。そこまで船が進めば、館を攻めるのは容易な事だった。一万もの大軍で、包囲し取りかかれば、容易に館を攻め落とす事は出来ただろう。しかし、今は、春か遠くまで干潟は広がっている。難波津の館へ取り付くには、膝ほどまで埋まる干潟を歩いて進む以外ない。いや、進めるかどうかさえ定かではない。
「何とした事か!」
マサラは、船を一旦北へ進め、草香江の湿原が広がる辺りまで進めさせた。それでも、岸辺へ上がるにはかなり湿原を歩かねばならない。止む無く、大和川が草香江に注ぎ込むところまで戻る事にした。すぐ北には山背の国が広がる。
山背の国には、敵対する豪族、大伴一族の里がある。余りに近づき刺激すると、背後から攻められることになる。一万の軍といえども、前後から攻められれば耐え切れない。マサラは、軍をゆっくりと大和川の河口に戻し、そこから生駒山の裾野を通り、難波津へ向かうほかなかった。
生駒山には、イコマノミコトの里があり、すでに、ミコトが兵を挙げる支度をしていた。
さらに、イコマノミコトは、葛城王の使いとして、山背の国にも通じており、物部の軍の動きは大和川を下るおびただしい数の船の様子から、承知していたのだった。
こうして、物部のマサラ率いる大軍は、難波津を目指しながらも、葛城王の軍の包囲網の中へ無防備に突き進んでいたのだった。
「御館様、なにやら様子がおかしいようです。」
供をしている将の一人が呟くように言う。
「何がおかしいのだ?」
「いえ・・静か過ぎるようなのです。・・ここらには生駒一族が潜んでいてもおかしくない、いえ、人が暮す里が幾つかあるはずなのです。しかし、誰一人いません。」
「ふん、我が軍に恐れをなし、どこかに隠れて居るのだろう。これほどの大軍なのだ、無闇に手出しするほど愚かではあるまい。」
生駒一族は、山の上から難波津へ向けて進む、マサラの軍をじっと見つめていた。
「堀江の庄に着くまでに、少し軍を乱しておかねばならぬな。」
高い木の梢に登り、軍の行方を目で追いながら、イコマノミコトは呟いた。するすると木を降りると、山背の国へ使者を送った。そして、小船を仕立てて、難波津へも使いを送った。
マサラの軍が、大和川の河口から姿を消した頃、山背の国から大伴一族が大軍を率いて、大和川の河口へ陣を張った。乗り捨てられたマサラの船はすべて大伴一族が奪った。これで、マサラ一族は退路を絶たれたのだった。
イコマノミコトからの使いが着くと、難波津宮では、西国の将や長達が、堀江の庄へ集結した。
その数は、万とまではいかないものの、水路の岸辺に並びきらぬほどになっていた。皆、兵の格好はしていない。桟橋で働く人夫と同様の格好をして、水路に繋いだ船の周囲で、マサラの軍を待ち構えていた。
「カケル様は、人質になって戻られているのか?」
集まった男たちの間では、カケルの身を案じる会話が絶えない。
「イコマノミコト殿からは、カケル様の姿はなかったとの事だ。」
「では、カケル様は何処に居られる?」
「もしや、すでに命を奪われては居られぬだろうな?」
「いや、きっと大丈夫だ。カケル様はきっと戻ってこられる。」
男達の間だけでなく、一番不安を抱えていたのはアスカだった。アスカは、イコマノミコトの使いを話を聞き、摂津比古たちが止めるのも聞かず、堀江の庄にやってきていた。アスカは、堀江の庄の物見櫓の一番高いところに上り、マサラの軍がやってくるのを探していた。

「おい!現れたぞ!」
岸辺に一番近い物見台から声がした。
「良いな。奴らを水路ギリギリまで来させるのだ。やつらの放つ矢は、せいぜい、こちらの岸へ届く程度だ。矢が尽きるまで好きにやらせておくのだ。その頃には、イコマノミコト様たちが背後から攻めかかる手筈になっているからな。」
ソラヒコが、水路に浮かべた船から岸辺にいる男達へ号令をかけ、水門のほうへ上っていった。
いよいよ、マサラの軍の先頭あたりが、水路に到着した。マサラの兵たちは、目の前に広がる水路を見て驚いた。
「止まれ!止まるのじゃ!」
先が判らぬ兵が、後ろから続々とやってくる。
万の兵の歩みは簡単には止まらない。水路の岸辺では、推されて水路に落ちる兵すら現れる始末であった。

3-2 生駒山.jpg
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