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3-4 大伴のムロヤ [アスカケ第5部大和へ]

4. 大伴のムロヤ
 宮殿の広間に集まった者たちには、勝利の喜びなど無かった。戦に勝った事よりも、カケルの行方が気がかりで、戦の様子を話しながらも誰もがカケルの事を尋ね合っていた。
葛城王が玉座に着くと、摂津比古がまず、大伴のムロヤを紹介した。
「此度、我らの援軍となり、物部の大軍をものの見事に打ち払われた一番の功労者です。」
ムロヤは、葛城王の前に歩み出ると、跪き挨拶をした。
「大伴のムロヤにございます。難波津は我らにとっても命を繋ぐ大事なところ。あさましき者に蹂躙される事は許されませぬゆえ。」

この頃、倭国の王が統治していたのは、大和周辺と東国と北国の一部に過ぎなかった。西国は、カケルによって難波津との交易が広がり、此度、葛城王に従うことになったが、九重には邪馬台国があり、東国もまだ未開の地であった。
そしてまた、日本海側には、出雲の国があり、その勢力が近江や山背にまで及んでいたのだった。大伴一族は、出雲の国の臣下であり、出雲の国と倭国との接点にあり、緊張関係にあった。しかし、出雲の国は雪深く、農地には恵まれず、民は食料を求めていた。難波津は、東国や西国から大量の農産物が集まる場所であり、大伴一族も、難波津との友好関係を強め、出雲の国への物資運送の窓口でもあった。
葛城王が難波津を都と定めたことは、大伴一族には憂慮すべき事態であった。だが、物部一族に奪われれば、更に危機的な状況に陥ると推察し、今回の戦には援軍となったのである。

ムロヤは、葛城王を前に、複雑な思いであった。居並ぶ者達が勝利に歓喜しているのであれば、一層複雑な思いを感じていたであろうが、一様に皆、冷静であったし、何かまだ払拭しきれぬ思いがある事は理解した。
ムロヤが下がると、摂津比古は、イコマノミコトに尋ねた。
「カケル様のお姿は無かったか?」
集まった者達が皆心配している事であった。イコマノミコトは首を横に振る。
「まだ、大和に居られるということか・・・。」
落胆した表情を浮かべる摂津比古に対して、レンが言った。
「カケル様をお救いする為に兵を送りましょう。今なら、大和ももぬけの殻、すぐに出立すれば、きっとカケル様をお救いできるでしょう。」
他の者も、レンに同調し、葛城王と摂津比古に決断を迫った。葛城王も摂津比古も返答に困った。
レンの言うとおり、あれほどの大軍を送った以上、今、大和には多くの兵は居ないと思われたが、実のところはわからない。さらに、マサラは僅かな側近と逃亡した。好機かもしれぬが、仮に、大和に兵が残っていれば、カケルの身を危うくするに違いない。
「その・・カケル様とはどのような御方なのでしょう。」
控えていた大伴のムロヤが訊いた。この中で、ムロヤだけがカケルに逢っていなかったのだ。
「葛城王の皇女、アスカ様の夫であり、次なる王になるべき御人なのだ。」
摂津比古が答える。
「何ゆえに、そのような御方が、囚われておられるのです。」
「大和の里の民を救う為、自ら、人質となられたのだ。」
摂津比古の答えに、ムロヤは驚きを隠せなかった。
「カケル様はそういう御方なのです。ここに居並ぶ者たちは、カケル様と出会い、援けられた者ばかりです。今度は、我らがカケル様をお救いする番です。さあ、王様、兵を挙げ大和へ参りましょう。」
レンが、再び葛城王や摂津比古に進軍を促した。
沈黙が続く。
「今しばらくお待ちしましょう。」
沈黙を破ったのは、アスカだった。ここにいる者のなかで最もカケルの身を案じ、待ちわびているはずだった。
「お傍近くには、モリヒコ様も居ります。當麻や広瀬の方々もきっとカケル様をお救いできるよう動かれているに違いありません。・・挙兵となれば、今度は大和が戦乱となり、多くの命が失われるに違いありません。・・それは、カケル様が望まれていることではありません。・・大丈夫です。きっとカケル様は無事に戻って来られます。」
アスカの言う事は尤もだった。葛城王が難波津へ逃れたのも、カケルが人質になったのも、無用に命を落とす者を出さない為であった。
葛城王もアスカの言葉に頷いた。
「ここはアスカの言うとおりだ。皆、カケルを信じ待とうではないか。」
王の言葉に皆従った。

しかし、大和の様子がまったく判らないでは困る。すぐに、イコマノミコトとレンが大和へ向うことになった。それを聞いて、大伴のムロヤも同行すると申し出た。ムロヤは、多くの者から絶大な信頼を得ているカケルに逢ってみたくなったのだった。
出掛けるレンを呼び、アスカはカケルへの言付けを頼んだ。
レンは一瞬驚き、そして急に笑顔になった。
「ならば、きっと、カケル様は戻って来られます。では、行って参ります。」
三人は、逃げ落ちた物部のマサラの足取りを探りながら、竹内峠から大和に入る事にした。

3-4 古代の衣服.jpg
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シラネアオイ

こんにちは!
今年の春は足並みが遅く出鼻をくじかれて、
春の作業が遅れました!
先月後半から暖かくなり、急に忙しくなりました!!
by シラネアオイ (2012-06-06 10:15) 

苦楽賢人

シラネアオイ様、コメントありがとうございます。
北海道の春、一度体験してみたいです。
今年は、再び、北海道へと考えております。
by 苦楽賢人 (2012-06-06 22:00) 

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