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3-6 イシトの狂気 [アスカケ第5部大和へ]

6. イシトの狂気
モリヒコは、日暮れまで、宮殿の床下に潜み、カケルの居場所を探していた。そこへカラコが数人の付き人を従え、歩いてきた。急いで、モリヒコは隠れた。
「父上、まだまだ手ぬるい。東国の長どもの中には、物部一族を慕う者がまだまだ居りましょう。行方知れずとはいえ、マサラが舞い戻るやも知れません。いまひとつ、我らの怖さを知らせるべきでしょう。」
カラコへ向かってそう言ったのは、息子のイシトであった。
イシトは、カラコよりも更に狡猾であり、残忍であった。
后に拷問を加えたのもイシトであった。
なかなか口を割らない后に、水を掛け、指の爪を剥ぎ取り、終いには、火で焼いた石を抱かせ、苦痛に喘ぐ后の姿を見て、カラカラと笑って眺めていたほどであった。
とても常人にはできぬ仕儀であった。
「イシトよ、お前ならどうする?」
イシトはにやりと笑って言った。
「磯城の皇子を皆の前で殺してしまうのです。・・どうせ、マサラがどこからか連れて来た素性も知れぬ者。そして、それを皇子だと皆を誑かした罪に加担した東国の長の数人も一緒に殺してしまうのです。」
「あの幼子の命を奪うというのか?」
さすがのカラコも躊躇した。
「裏切れば、一族皆殺しに遭うのだと知らしめる事が大事。明日にも支度をし、長どもの前で引き裂き殺してしまいましょう。」
イシトはそう言いながら、上気の表情を浮かべていた。
もはや、長達を従わせる策ではなく、自ら愉しむための企みとなっているようだった。
「まあ、あまりに惨いやり方は避けるのだ。」
そう言いながらも、カラコも楽しんでいるような口ぶりであった。
「いずれにしても、あのまま、地下牢へ放り込んでおいても仕方ない。ついでに、平群の輩や・・例の・・葛城王の皇子とやらも始末するか。もはや、用なしであろう。」
「おお・・それは良いでしょう。幼子だけを殺せば、狂気の沙汰と言われかねませぬ。・・大和の王の座を狙う者は全て命を奪われるのだと教えてやりましょう。」
カラコとイシトはにやりと笑って、自らの屋敷へ引き上げていった。

モリヒコは二人の会話を聞き、すぐに、地下牢を探した。
宮殿の中は、太い柱の立ち並ぶ回廊と、広間、王の部屋があった。モリヒコは地下への通路を探したが、なかなか見つからない。
深夜近く、回廊をゆっくりと灯りが動いてくるのを見つけた。見回りの兵らしかった。灯りを持った兵が、回廊の途中で立ち止まる。暗闇からじっと目を凝らすと、腰を屈めて何かを動かしているようだった。しばらくすると、床下からもう一人の兵が現れ、何やら一言二言告げると、入れ替わるように兵が入っていった。
モリヒコは、白狼の特質からか、夜目が利いた。
僅かな光があれば、様子を察知する事ができたのだった。
灯りを持った兵が遠ざかり、再び、回廊が暗闇になったところで、静かにモリヒコは先ほどの場所に行き、足元を見た。そこには石板があり、どうやら蓋のようになっている。
モリヒコはゆっくりと石板を動かした。そこには穴が開いていて、下に下りる階段があった。床下には明かりが見えた。
音を立てぬよう細心の注意を払い、階段を下りていくと、兵が一人、床に座り込んでいた。
先ほどの兵のようだが、壁にもたれかかり、うとうととしていた。モリヒコは、兵の口に手を当て、鳩尾へ一撃し、気を失わせた。兵の腰には、牢の鍵の束が付いていて、モリヒコはそれを掴むと通路を進んだ。
通路には、菜種油を点した灯りがほんわりと広がっていた。
静かに、一つ一つの牢の中を覗きこんだ。皆、寝静まっているようだった。三つ目の牢に辿り着いた時、横たわっていた人影がむくりと起き上がった。そして、小さな声で言った。
「モリヒコだな。」
起き上がったのはカケルだった。
カケルは、階段近くの物音で目が覚めていた。そして、近づいてくる微かな気配でモリヒコだと直感したのだった。
「ご無事でしたか。」
モリヒコも囁くような声で答えた。
牢の珊を挟んで二人は対面した。モリヒコは、カラコとイシトの会話をカケルに伝えた。
「蘇我のカラコが宮殿を取り囲み、皇子を幽閉した事は知っていたが・・そこまで残忍な事を企てているとは・・・。」
「カケル様、このままではどうしようもありません。まず、ここを出ましょう。」
モリヒコはそういうと、先ほど兵から奪った鍵の束を取り出して、カケルの牢の鍵を開けた。そして、背中に結わえていた包みを外し、中からカケルの剣を取り出した。
「さあ、これを。」
カケルは牢を出ると、剣を受け取り、鞘から剣を抜くと目の前に掲げた。すると、青白い光がぼんやりと剣から発し始めた。その光は徐々に強くなり、地下牢全体に届くほどになった。眠っていた者もその光に気付き、目覚めた。

3-6灯り2.jpg
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