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3-7 抜け穴 [アスカケ第5部大和へ]

7. 抜け穴
モリヒコは、地下牢の全ての鍵を開けて回った。
一番奥の部屋には、女人二人と幼子がいて、先ほど、カラコとイシトが話していた皇子だとすぐに判った。女人二人は、突然現れたモリヒコに警戒し、皇子を抱きかかえる様にして部屋の隅に固まっている。
「心配は要らぬ。そなたらを逃がす為に来たのだ。このままでは、朝には殺されてしまうぞ。」
モリヒコは、カラコ親子の企みを女人に話した。女人たちは半信半疑ながら、皇子を抱えたまま牢を出た。
地下牢の通路には、囚われていた者が、カケルの元へ集まっている。カケルは皆を前に穏やかな口調で話した。
「これまでの経緯は忘れ、これからの事を考えましょう。今、大和は蘇我一族によって恐ろしき国へと変わろうとしています。このままでは、夜明けには、我々は命を奪われることになります。まずは、ここを抜け出る事。・・」
皆顔を見合わせ、カケルの言葉を受け入れた。
「しかし、外に出れば見張りの兵も居よう。宮殿を抜け出るのは容易ではないぞ。」
そう言ったのは、平群一族の長ヒビキであった。囚われていた男達は皆平群一族のようだった。
「宮殿の西にある沼まで逃れれば、そこに、當麻の里の者がおります。舟で沼を渡るように手配しておきました。」
モリヒコが言う。それを聞いて、女人の一人が口を開いた。
「私は・・物部一族にお仕えしておりました・・ヨシと申します。・・宮殿から西へ抜ける道なら私がご案内できます。」
「何?抜け道があるのか?」
「はい・・マサラ様が万一のためにと作らせた抜け穴があるのです。しかし、そこへ行くには、玉座の間まで行かねばなりませんが・・・。」
「その話、信じてよいか?」
ヒビキは念を押すようにヨシを睨んで聞いた。
「元々、私は、この近くの里で生まれました。物部一族が磯城宮に入ってから、この近くの里の者は、奴隷のごとく使われました。そして、また蘇我一族など・・・私達は穏やかな暮らしがしたいのです。もう戦など収まって欲しい。・・どうか、皆様のお力でこの地に安寧を・・。」
ヨシは、これまでの苦労を思い出したのか感極まって泣き出してしまった。
「そうか・・済まなかった・・・判った。案内を頼む。だが、玉座の間とは・・王の衛士が守っておる。近づくのも容易ではないな。」
ヒビキが言うと、平群の男達が、ヒビキを囲むようにして相談を始めた。
ひとしきり話を終えると、ヒビキがカケルに向かって言った。
「こやつらが言うには、このまま牢に入れられている事を思えば、兵と渡り合い、死ぬのも一緒だと・・だから、一気に、玉座の間へ押入れば良いというのだ。」
「いえ・・それでは皆の命が危うくなりましょう。武器も無く、兵と戦うなど無謀です。それに、命は捨てる為にあるのではありません。命を懸ける場所はここではありません。この後、大和の国を立て直す為にこそ、命をかけてください。」
カケルはそう諭すように平群の男達に言った。
ヒビキは再びカケルに訊く。
「では、どうする?女や子どももいるのだ。これだけの者は動けば、すぐに見つかるであろう。」
カケルはモリヒコを見た。モリヒコはカケルの考えがすぐに判った。こくりとモリヒコは頷いた。
「すぐに、ここを出て、回廊を伝って玉座の間の床下へ潜り込みましょう。そこで、我らが衛士たちを誘き出します。もぬけの殻になったところで皆さんはヨシ様について抜け穴へ入ってください。きっとうまく行きます。」
カケルの言葉に、皆。戸惑った。
「我らは大丈夫です。・・きっとうまく行きます。さあ、夜明けも近い。急ぎましょう。・・ヨシ様、皆の案内、お願いいたします。」
ヨシはこくりと頷いた。
地下牢の階段に居た兵は、荒縄で猿轡をされ、身体をぐるぐるに縛られた。
ヨシを先頭に、足音を立てぬように少人数に分かれて、玉座の間のある宮殿の床下へ潜んだ。
その様子をモリヒコがしっかりと確認した。そして、カケルに合図した。
カケルは、回廊の屋根に登っていた。月が雲の隙間から僅かに顔を出した。ぼんやりと、屋根の上のカケルの影が見えた。床下に潜んでいる者達も何が起こるのか判らずにいた。
カケルは、ゆっくりと剣を抜き、天に掲げた。
「八百万の神々よ、我に力をお貸し下され!」
カケルは強く念じた。
剣はぼんやりと青白い光に包まれ、徐々に強くなる。そしてカケルの身体を包み込むほど、光は強くなっていく。
カケルは獣人に化身した。そして、月夜に向かった遠吠えのごとく声を発した。
「ウオー!ウオー!」
その声で、宮殿内に居た兵士達が目を覚ました。玉座の間の前の石段に腰を下ろし、うとうとしていた見張りの兵も飛びあがった。そして、声のするほうに目を凝らした。
回廊の屋根に黒い影が浮かんでいる。そして手には不思議な光を放つ剣が見えた。
うろたえた見張りの兵は、矢を構え放った。そして、大声で叫んだ。
「物の怪だ!物の怪が現れた!皆、出て来い!」

3-7月夜.jpg
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