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3-11 甘樫の丘 [アスカケ第5部大和へ]

11. 甘樫の丘
イシトの軍が出陣し、十日も経つのに、何の音沙汰も無い事を不審に思った蘇我のカラコは、密使を送り、様子を探らせようとした。しかし、その密使すら戻ってこなかった。
カラコは苛立っていた。庵戸王の宣下をしたにもかかわらず、大和国すら手中にできて居ない、ましてや倭国の実権を握るなど途方も無く遠い事のように感じられた。全ては、葛城王こそ真の皇君と崇める者がいる事、そして、その本拠ともいえる當麻や広瀬の里にいる者を根絶やしにせずには居れなかった。そのために、息子イシトに軍を預けたのだが、一向に結果が出ていない。
東国や北国の長たちの中にも、離反し、国へ戻ろうとする者もちらほらと現れ始めていた。だが、今、ほとんどの兵はイシトが率きいていった。宮殿には僅かな手勢しか残っていなかった。
「カラコ様!カラコ様!」
宮殿の中に声が響いた。玉座の間に居たカラコのもとへ臣下の一人が慌てた様子でやって来た。
「如何したのじゃ、イシトが戻ったか?」
臣下は深々と礼をして、ゆっくりと言った。
「物部のマサラ様、ご帰還でございます。」
予想もしなかった事態だった。葛城王との戦に敗れ、行方知れずとなったと聞いていたが、まさかここへ戻ってくるとは想像もしていなかった事態だった。
「それで、今、何処じゃ?」
「はい、宮殿より南、甘樫の地に居られるとの事でございます。」
「甘樫とは・・・・何故、かの地へ居るのじゃ?」
「紀の国を経て、吉野川沿いより大和へ入られたようでございます。・・甘樫の地は、古くから物部一族の所領にて、一旦、そこへお隠れになったようです。」
カラコは戸惑った。すでに東国や北国の長達には、マサラの悪行を知らしめ、大罪人にある事を認めさせている。再び、この地へ戻れば自らの嘘が全て露見する事になる。だが、今は大軍を率いて甘樫の地へ向かうことも叶わない。
「マサラが戻った事はまだ誰にも知らせては居らぬな?」
「はい・・先ほど、甘樫の里の長が参ったのを私が対面し聞いたのみでございます。」
「よし、その使者を呼べ。」
暫くして、甘樫の長が玉座の間に招かれた。甘樫の里は小さな集落であった。宮殿に集められた東国や北国の長は、小さな里をまとめる国の長級の者であった為、此度は、甘樫の長は宮殿には招かれておらず、蘇我のカラコの企ては全く知らなかったのだった。したがって、今でも、マサラこそが大和を守る豪族であると信じていたのだった。
「良くお知らせくださった。さあ、こちらへ。」
カラコは、甘樫の長を自分より高い場所に座らせた。
「マサラ様はお元気でしょうな?」
甘樫の長は、予想以上の出迎えを受け、上機嫌となった。
「はい、マサラ様は十人ほどと兵に守られ、吉野の険しい道程をお戻りになられました。我が甘樫の地にてしばらく休養を取られた後、宮へ戻ると仰せです。」
カラコは知恵を絞った。
「長殿、何卒、マサラ様へお伝えいただきたい。今、宮のあたりには、恐ろしき物の怪が現れ民を襲っております。わが子イシトが兵を率いて物の怪退治をしております。今しばらく、甘樫の地に居られるようお願いしたいのです。・・なに、春が来るまでには退治できましょう。皇子様も息災にてご心配なく。いずれ、私自らお迎えに参りますとお伝えくださりませ。」
「物の怪とな?」
「はい。白き狼の化身と、猿のような大男なる者、いずれも日暮れると現れ、民を喰うと怖れられております。」
「人を喰うのか?・・なんと・・おぞましい者か・・判った。伝えよう。我が甘樫の地は、そのような恐ろしき者は居らぬゆえ、安心じゃ。」
「では、すぐにも、ご出立なされるが良いでしょう。日暮れが近づけば、道中で出くわされぬとも限りませぬゆえ。」
「ああ・・じゃが、その前に、磯城の皇子にお会いしたい。マサラ様が、ご無事である事をお伝えし、皇子様にもご安心いただきたい。」
これにはカラコも困った。磯城の皇子は、牢から脱出して今はおそらく葛城の宮か當麻の里に隠れているはずであった。使者に不審を抱かれぬようにせねばなら無い。
「・・皇子様は、物の怪の騒動があり、宮から出てわが里へお隠れいただいております。ここには今居られませぬ。」
「何と・・では、皇子は蘇我の里か?・・どうしたものか・・ご無事かどうかわからぬでは困る。我が役が果たせぬ。・・・」
使者である甘樫の長は困った表情を浮かべた。
「判った。では、甘樫へ使者を出してもらおう。まずは、カラコ様のご伝言をお伝えする。私は、すぐに蘇我の地へ出向き、皇子様に謁見させていただきたい。」
カラコもこれ以上は誤魔化せぬと判断した。
「判りました。では、我が手の者を甘樫へ向かわせましょう。長殿は私とともに蘇我の里へ参りましょう。・・・しかし、これから出るのは危うい。明日朝にも発ちましょう。お疲れでしょう、まあ、今宵はごゆるりとなされませ。ではお部屋へ参りましょう。」
甘樫の長は何の疑問も無く、玉座の間を出る。長い回廊をカラコの後ろを着いて行く。しばらくすると、カラコは、臣下に命じて、甘樫の長を刃に掛けた。そして、その亡骸は地下牢に投げ込まれたのだった。
すぐに、カラコの使者が甘樫に向かい、指示通り、暫く里へ留まるように伝えられた。マサラは渋々承諾した様子だった。

3-11甘樫1.jpg
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