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3-14 アスカの言伝(ことづて) [アスカケ第5部大和へ]

14. アスカの言伝
「あの残忍なイシトを解放するのは反対です!再び、兵を率いてくるに違いありません。」
一番に反対したのはモリヒコであった。他の者も同じといった顔をしている。
「いえ、イシトは我らの様子を知っております。さらに、大和じゅうの里、東国や北国が我らに味方するよう動いている事も知っております。それでも、攻めて来るとは思いません。むしろ、我らの力を知っているからこそ、蘇我一族は無闇に動けなくなるに違いありません。」
「そう上手くいくでしょうか?」
イコマノミコトが訊いた。それには、大伴のムロヤが答えた。
「蘇我一族との戦いを避けるにはそれが唯一の策でしょう。戦をすれば多くの犠牲が出ます。蘇我一族を滅ぼしても、きっとどこかに怨念が残ります。そして、それがいつか争いの種になるに違いありません。今は、蘇我一族が邪な考えを棄て、葛城皇のもとへ帰順するのを期待してはいかがでしょう。・・イシトを解放し、我らと戦う事が無意味である事をカラコに進言させるのが良いでしょう。」
それを聞いて、平群の長ヒビキが言った。
「良いでしょう。・・ただし一つ条件があります。イシトを磯城宮へ戻す役を我ら平群の者にさせてください。磯城宮の大門まで引き連れていき、解放します。」
ヒビキは、カラコへの恨みがあるのではない。平群一族が失った誇りを今一度取り戻したかったのであった。カケルは、ヒビキの意図が判った。
「わかりました。ですが、一つだけ約束してください。カラコと戦はせぬこと。命を懸けるほどの相手ではありません。新しき国造りのために命を懸けていただきたいのです。」
「承知しております。」
ヒビキもカケルが自らの目論みを見抜いたことに気付いていた。
翌朝、イシトは荒縄で縛られたまま、平群の長ヒビキに引かれ、平群の男達とともに、カラコの居る磯城宮へ向かった。
その日の夜、夕餉を終えた後、カケルは、宮殿のはずれに設えた小屋に居た。シシトやモリヒコは、カケルに玉座の間の奥にある、王の間へ入ることを勧めたが、カケルはその身分に無いときっぱり断り、大門に近く外の様子がすぐに判る場所に小さな小屋を作ったのだった。
そこへ、レンとモリヒコ、そしてムロヤがやって来た。當麻の里で作ったという濁酒(どぶろく)を手にしている。
「カケル様にお知らせせねばならぬ事がありました。」
レンが少し慌てたような声で、小屋に居るカケルに声を掛けた。すぐに招き入れられた。カケルは、小屋の中で、剣の手入れをしていた。
「カケル様、アスカ様から伝言を預っておりました。」
カケルは、イコマノミコトやレンが現れた時、すぐにもアスカの様子を聞きたかったが、何か気恥ずかしさもあって思いとどまっていたのだった。
「アスカは・・息災ですか?」
カケルは少し紅潮した表情だった。レンは少し勿体つけるような言い方で答えた。少し酒が回っているようでもあった。
「はい・・・それは・・姫様はお元気で・・・葛城の皇君と宮殿でお過ごしでございます。」
「それで・・アスカからの伝言とは?」
レンは、カケルの耳元に口を近づけ、ひそひそと話した。カケルの顔が一瞬戸惑い、次には笑顔となる。そして、暫く俯き、なにやら複雑な表情を見せている。
「何です?レン様、我らにも教えてくだされ!」
こちらも少し酒が回っているのか、モリヒコが大きな声でレンをせかした。
「いや・・・」
レンはチラリとカケルの顔を見た。そして、
「アスカ様・・いや・・姫様のお腹にはややこが・・カケル様の御子が居られるとの事です。」
「おお!」
モリヒコは大いに喜んだ。そして、小屋を飛び出して、宮殿中を飛び回って、「カケル様に御子ができた」と触れまわった。宮殿の中ではあちこちで、わあという喜びの声が上がった。そして、次第に、カケルのいる小屋の前に集まってきた。
カケルは不思議な感情に包まれていた。
レンが、アスカから懐妊の言伝を受けて、すでにかなりの日数が経っていた。
「おい、それで、御子はいつお生まれになるのだ?」
話を聞いて、シシトがレンを掴まえて訊いた。
「いや・・それは・・私が難波津で聞いてから・・・」
レンは指を折りながら、月を数えている。そして、また慌てたような表情で言った。
「いや・・すでに・・・おそらく、先月にはお生まれのはずです。」
「なんと言う事・・それを何故もっと早く思い出さぬ!すぐに使いを出し、難波津の様子を聞いてくるのだ・・いや・・カケル様、すぐにも御子のもとへ行かれるが良いでしょう。」
そう言われたものの、カケルはまだ実感が持てないでいた。
「いや・・今はまだ・・この地を離れるわけにもいきません。・・ですが・・すぐに使いをお願いします。・・男子なのか、女子なのか・・いや、健やかに育っているのか・・とにかく、アスカと子の様子を見てきていただきたい。」
少しうろたえるカケルの姿に、皆、途轍もなく安堵していた。日ごろ、自らに厳しく、うろたえる事も無く堂々としたカケルしか知らなかった。
「いえ・・使いよりも自ら行かれませ。アスカ様もお一人で耐えておられたはず。お傍に行かれて労いの言葉も大事でしょう。大和の事は我らにお任せ下さい。」
カケルの小屋の前に集まった皆が、口々に言った。カケルは、翌日、難波津へ戻る事にした。

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