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3-15 神の国 出雲 [アスカケ第5部大和へ]

15. 神の国 出雲
ひとしきり祝いの言葉がカケルに伝えられ、深夜近くまで宮殿は宴となってしまっていた。
カケルは、そっと小屋に戻り、まだ見ぬ御子を思い浮かべていた。
そこへ、大伴のムロヤが現れた。
「此度は、おめでとうございます。」
「ありがとうございます。しかし、まだ実感が持てませぬ。」
「まあ、そう言うものでしょう・・ですが、御子を抱けばきっと判りましょう。」
ムロヤは、カケルの前に座り、宴の席から盛ってきた濁酒を注いだ。
「ムロヤ様は御子は居られるのですか?」
「はい・・・実は、五人の子がおります。皆、男子です。十五になる年に、男子は旅に出ねばなりません。今、里に居るのは一人だけ。あとの者は皆アスカケをしております。」
「アスカケ?・・それは、自らの生き方を求める旅のことですか?」
「ご存知なのですか?」
「いえ・・私も、今、アスカケの途中。ナレの村にもアスカケの掟があります。」
「ほう・・我が一族だけかと思っておりましたが・・・・・しかし今、アスカケに出る者も少なくなりました。・・」
ムロヤは残念そうな顔を見せた。
カケルは、アスカケの掟があると聞き、忍海部一族の巫女に聞いた話を思い出していた。そして、ムロヤに言った。
「ムロヤ様、出雲の国の様子をお聞かせ下さい。」
「出雲といっても広く、わが里は国のはずれの山背の国。神々を祀る出雲の御社は遥か遠くでございます。」
「ムロヤ様のお里の話で構いません。ぜひお聞かせ下さい。」
「私の里は、難波津から船で僅かなところの山背の国にある小さな集落でございます。我らの里には、出雲の神を祀る社があり、そこを守るのが私の役目なのです。」
「出雲の神というのは・・例えば、山の神や水の神といった八百万の神の一つなのでしょうか?」
「いえ・・それは、それとして、我らも大事にしておりますが・・我らが出雲の神とお呼びするのは、遥か、いにしえに、出雲の地を開かれた大国主の命様です。」
「大国主様?」
「はい、伝え聞く処、大国主様は、遥か海を越え、苦行の末に出雲の地へ辿りつき、様々な奇跡を持って民を導かれたお方なのです。本当の名を、信儀様と申されます。」
カケルは驚いた。そして、忍海部一族の巫女に聞いた、殷義・明儀の兄に間違いないと確信した。
「ムロヤ様、実は我らナレ一族の祖は殷義様と申され、海を越え倭国へ渡ったのです。そして、殷義様には二人の兄者が居られたと聞きました。一人は、忍海部一族の祖、明儀様。もしや、信儀様は、三兄弟の長兄ではないでしょうか?」
「では、出雲の国とナレの村、そして忍海部一族とは一つであったと申されるのか・・。」
それから、二人は、すぐに忍海部一族の、レンとモリヒコを小屋に呼び、お互いの一族に伝わる話をし合った。
伝えられた話は、すべて大陸から海を越えたこと、鋼や岩砦を作る技を持っておること、そして、アスカケの掟など、共通するものばかりだった。話すに従って、一つの一族であった事に確信を深めていった。
「ここまで判った以上、これよりはともに手を携えてまいりましょう。おそらく、此度の事は、高祖様のお導きに違いありません。」
大友のムロヤは上機嫌だった。出雲に伝わる神々の話が、夢物語ではなく、現実にあった事だとわかり、高祖信儀の存在が一層大きく、そしてまた誇らしく思えていた。レンやモリヒコも、長く、山中に隠れ住み息を殺してきた一族の辛苦が、すっかりと晴れた気持ちだった。
カケルは遠くナレの村を思い出していた。鋼を打ち剣を作ったあの時、目の前に現れた勇者こそ、殷儀であり、此度、アスカケはすべて、殷儀様が導かれたものであろうと確信していた。
ふと、御子が出来た我が身を振り返った。これまでは、自らの生きる道を求めひたすら歩いてきた。危険を冒すことすら、自らに課せられた定めであろうと受け入れてきた。だが、御子を持つ事はきっとこれまでとは違うはずだと考えていたのだ。
「ムロヤ様・・子を持ち、育てるとはいかなる事でしょうか。」
カケルは、真顔でムロヤに訊いた。
「カケル様・・・少し、肩の力を抜いてください。」
ムロヤは、濁酒を注ぎカケルに渡した。そして、ムロヤはカケルに質問に答えた。
「子を持ち、育てるということは・・・親になるという事です。」
「ええ・・それは判ります。その・・親とはいかなる者でしょう。」
ムロヤは噴出してしまった。
「カケル様・・カケル様にも父様、母様は居られるのでしょう?・・思い出せば宜しい。父や母はどうされていた?」
カケルは少し考えて答えた。
「日々、仕事をし、我らとともに居られました。・・・何かあれば、怒り、笑い、様々な事を教えてくださいました。」
「そうでしょう。・・子の傍に居て供に生きている事。・・・子はそれを見て育ちます。何も特別な事をするわけではありませんよ。」
「しかし・・これまでのようには・・・もっと、親としてすべき事があるのでは無いでしょうか?」
「それは、子が教えてくれます。心配要りません。子が親にしてくれるのです。」
ムロヤは、真剣に悩むカケルを見て微笑んで答えた。

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