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2-34 副社長室 [スパイラル第2部遺言]

2-34 副社長室
階段を登りきると、再び白い鉄のドアがあった。鍵はミカが小さな道具を使って器用に開けた。
足音を忍ばせながら、廊下を進むと、右手に「社長室」と書かれた部屋があった。
「この先です。」
ミカが、小さな声で指さした先には、灯りが漏れている部屋があった。
「隣は、副社長の住居部分になっています。」
静かに近づくと、純一はミカに、住居の方へ行くように指で示した。ミカは純一が何を指示したのか直感で理解した。そして、静かにドアを開けて、副社長の住居へ入っていった。
純一は、明かりの漏れている部屋のドアの前へ立った。いよいよ対決の時だ。

そっとドアを開けると、正面の大きな机に山下福社長が顔を伏せるように座っていた。机の周りには、幾つものモニター画面が置かれ壁のようになっていた。
「山下副社長!」
純一はわざと大きな声で副社長を呼んだ。山下副社長は身体をビクッとさせて、顔を上げた。予期せぬ来客に、山下の表情は強張っていた。
「真実を知りたくて、ここまで来ました。」
山下は慌てて、机の上に転がっていたヘッドセットをつけた。山下は事故の後遺症で、上手く声が出せなかった。ヘッドセットは英一社長と開発した、会話ツールである。
「・・・お越しになるなら事前に、ご連絡をいただければ・・・てっきり島にいらっしゃるものだと思っていましたよ。・・さあ、どうぞ、お座り下さい。」
平静を装うように穏やかな声が響いた。
「マリン事業部が襲われて、伊藤部長が重体です。・・・」
「ええ、承知しています。強盗事件として、報道もかなり過激でしたね。たかが百万円ほどで傷害事件になるなんて、今の時代、何が起きるかわかりませんね。・・・まあ・・常務が対応され、ようやく落ち着いたようですが・・・それが何か?」
「あれは単なる現金強盗じゃないんです。」
「強盗事件じゃないとすれば・・・伊藤部長に恨みでもある者の犯行・・ですか?」
「いえ・・・怨恨じゃありません。大体、あそこに伊藤部長がいた事は想定外だったでしょうから。」
「じゃあ、何が目的だったと?」
「・・・マリン事業部にある経理帳簿が目的だったんですよ。」
「経理帳簿?・・・何のために?・・そんなもの、何の値打ちも無いでしょう。それに、あそこにあるのは十年近く前の古いものばかりですよ。最近のものなら、それなりに価値もあるでしょうが・・・」
山下副社長はとぼけた表情で言った。
「ええ・・確かに、金になる物じゃありません。しかし、その存在が命取りになると考える人物もいるんです。」
「社長、一体何がおっしゃりたいんですか?経理帳簿といえば、私の仕事に関わることです。・・その帳簿が私にかかわりのあるものとおっしゃりたいんですか?・・いや、強盗事件を起したのは私だとでも?」
「ええ・・・そうです。」
山下副社長は、呆れた表情を浮かべて言った。
「何を根拠に・・・・・それに、そんな経理帳簿が欲しければ、強盗事件など起さず、社員に持ってこさせれば済む事です。」
「確かにそうですね。だが、そうできない事情があったとしたらどうです?」
「出来ない事情?そんなものあるわけが無い。」
「いえ、その経理帳簿は、あなたの自由にならないところにあって・・いや、それをネタにあなたを脅している輩の手にあったのだとしたらどうでしょう?」
「脅されてなど・・・・。」
「いえ、あなたは三河銀行の元頭取、八木氏が持ちかけた融資の流用に加担してしまった。それをネタに誰かに脅されていたはずです。・・」
「馬鹿な・・・・融資の流用などあるわけはない!」
山下は顔面を紅潮させて言った。
「では、会長の事故の事をお聞きしましょう。」
「会長の事故?・・ああ、十年も前の事故の事ですか・・・・。」
「あの事故は、誰かに仕組まれたものだとわかりました。進水式の前夜、燃料タンクに細工をした人物がいるんです。」
「燃料タンクに細工?・・・」
「おや、ご存知ありませんか?どうしても船を完成させてはならない事情があったようなんです。」
純一はわざとゆっくり試すような口ぶりで言った。
「社長、いい加減にしてください。さっきから一体何が知りたいんですか!大体、あなたは、上総CS事など何もご存じないでしょう。英一社長が何かの気まぐれに、相続人に選んだだけで、会長の事故の事など、あなたには何のかかわりも無いはずです。あれは事故と警察でもそう判断したんです。私だって、あの事故でこんな体にさせられたんだ!出来るだけ思い出さないようにしているんです。無神経にも程がある。もう帰ってください!」
山下はそう言うと、ヘッドセットを外し放り投げた。

同時に、隣室でドスンという音と悲鳴のような声が聞こえた。すぐに静かになると、副社長室に続くドアが開いた。
「社長、ありました。」
ちょうどそこへ、ミカが大きなファイルを幾つか抱えて副社長室に飛び込んできた。
それを見て、山下は表情を変えた。
「副社長、これはマリン事業部にあった古い経理帳簿ですね。・・何故、ここにあるんでしょうか?」
山下は椅子に座ったまま、両手をわなわなと震わせ、言葉を失っている。
「社長、それと・・・さあ、入りなさい。」
ミカは、後ろ手に縛った女性を副社長室に入れた。
「マリン事業部の、経理担当だった佐橋玲子です。」
純一は、山下を睨みつけて訊いた。
「彼女がなぜここにいるのですか?」
山下は、硬直した姿勢で、眉間に皺を寄せ、目を閉じたままだった。
純一は、床に転がったヘッドセットを取り上げて、山下の頭にセットすると、静かに言った。
「さあ、説明してください。帳簿と佐橋玲子さん。どういうことですか?」
純一はそういうと、山下の机の前の椅子に座った。
山下は観念した表情を浮かべている。
「全ては、八木頭取に仕組まれたんです。」
そう言うと、これまでの経緯を話し始めた。

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