SSブログ

2-35 会長の事故の真実 [スパイラル第2部遺言]

2-35 会長の事故の真実
初めての大型クルーザーの受注を受け、上総CSは総力を上げて建造を開始した。
しかし、資金力に乏しく、再三、発注者でもある八木頭取に相談し、三河銀行からの融資を取り付けていた。その窓口は、山下だった。最新鋭の機器を積み込み、贅の限りを尽くすクルーザーの建造となり、その融資は相当な額に上った。
ある日、希望した融資額の倍以上の金額が振り込まれていることに気付いた、山下が八木頭取に連絡をした。

「良いんだ、間違いじゃない。」
八木頭取の自宅の応接室に呼ばれた山下は、八木頭取の企みを知る。
「半分は、私が使わせてもらうんだ・・・いや、大丈夫だ。・・一時的に流用するだけだ。運用して増やしてやるのさ。元金は上総CSへ戻しておくから・・・いずれにしても返済は船が完成してからだろう。それまでの間に私も金を作る必要があるんだよ。」
「しかし、それは違法な・・・。」
「断るつもりか?・・・今更、どうにもならんことだ。目をつぶっていれば何も支障はない。・・事を荒立てるつもりなら、クルーザーの件、白紙にしても良いんだぞ。そうなったら、会社はどうなる?よく考える事だな。」
結局、山下は八木頭取に協力せざるを得なかった。

そして、進水式前日の事だった。八木頭取がパーティの準備に忙しいマリーナへ現れ、山下を呼びつけた。
「完成を遅らせるんだ・・・なんでも良い、不具合を見つけて・・そうだな・・・1週間・・いや1ヶ月ほど引渡しを伸ばすようにするんだ。」
「そんな・・もう全て準備は整っていますし、いまさら不具合など・・・。」
「わからない奴だな!今完成しても仕方ないんだ。」
「まさか・・・資金の運用に不都合でも・・・。」
「ああ、そういうことだ。・・・先物取引で大損が出た。今はまだ、融資の補填が出来んのだ!」
「しかし・・それじゃあ・・・。」
「そうか・・・それでも良いんだが・・・どうせ、融資流用は全てお前がやった事になっている。お前の名義で資金運用させてもらったからな。わしは構わんが、お前はどうなるか・・・・身を守るためには、今船が完成しないほうが良いとアドバイスしただけだ。・・・まあ、好きにすれば良い。」
八木頭取はそう嘯くと、さっさと戻って行った。

この様子を、敬子が見ていたのだった。

「それで・・私は、深夜にクルーザーに潜り込んで、燃料タンクに細工をしたんです。」
山下は、静かに言った。
「山下さんは、死ぬつもりだったんでしょう。」
純一が言うと、山下は驚いて純一の顔を見た。
「不具合を起す程度なら・・・例えば、船底のボルトを緩めるとか、配管の一部を破損させるとか、その程度で良かったはずです。・・洋一さんの話では、燃料タンクに大きな亀裂があって、燃料の大半がエンジンルームに零れるほどだったと聞きました。その状態で加熱されれば大爆発に繋がることくらい、あなたなら容易に想像できたはずです。・・・全てを背負って死ぬつもりだったんでしょう。」
純一の言葉に、山下は肩を落とした。
「ええ・・しかし・・・死ねなかった・・如月が俺を助けたんです。俺じゃなく、会長を助けるべきだったのに・・・あいつは・・・。」
「会長が亡くなった事は・・?」
「あれは想定外でした。・・・本来なら、会長は上部デッキの操縦席にいらっしゃるはずでした。しかし、会長は、急に奥様と一緒に後部甲板に来られたんです。私は、一刻も早く会長には席に戻ってもらわねばなりませんでした。でも、会長は強く私の肩を抱いて居られた・・。」
山下は、今でも、そのときの光景が今でもありありと浮かんでくるようだった。
「マリーナを離れ、岸壁から数十メートル、まだ、岸壁に立つ人の姿がはっきりわかり距離でした。急にエンジンが止まったと思うと、轟音とともに一気に甲板が吹き飛びました。」
会長と奥様は爆風で即死だった。
山下も、頭部と頚部、脊椎を損傷し海に投げ出された。
岸壁から見ていた如月が、咄嗟に海に飛び込み、漂う山下の身体を掴んで、岸まで引き上げたのだった。そして、山下は意識不明のまま長い時間を過ごしたのだった。

「目を覚ますと、別世界でした。身体が全く動かない。白い天井しか見えない世界。声を出したくても出ない。もう・・生きているのか死んでいるのか判らない世界にいました。」
ふっと天井を見上げ、後悔しているように山下は言った。

「副社長が意識を取り戻されたのは事故から二月ほど経ってからでしたね。・・その後、リハビリで復帰されるまでは2年ほどでしたか・・・。」
ミカが言うと、山下が答えるように言った。
「社長が全て準備してくださって、この部屋も、生命維持装置も全て揃えてくださいました。」
山下の車椅子の後ろには大型の医療器具が据え付けられている。事故の後遺症で、身体の自由どころか、人工呼吸器がなければ生きていけない身体になったのだった。

「融資流用の件は?」
純一が尋ねると、山下が言った。
「戻ったときには、全て何も無かったかのように・・・・。三河銀行とは以前と同様に取引していました。八木頭取が退かれてからは、全て何も無かったように・・・事故の後、社長と如月が全てを解決したんだと思っています。」
「確かめてみたんですか?」
「いえ・・・それを口にすることは私自身の罪を明らかにすることになります。・・・怖くて確かめる事は出来ませんでした。でも、きっと社長と如月は知っているはずです。・・・だから、私は復帰してからは身を粉にして働きました。経理の仕事はもちろん、社長の研究にも協力しました。このヘッドセットもその一つです。私は罪を償う為に全てを会社にささげる覚悟でいました。」
「それなのに、どうして・・・・・・。」
山下は、うな垂れ、どう話すべきか悩んでいた。

nice!(13)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 13

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント

トラックバック 0