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2-36 見えない敵 [スパイラル第2部遺言]

2-36 見えない相手
「脅されていたんです・・・・そう、社長が亡くなるひと月ほど前、メールが着たんです。」
「メール?」
「ええ・・差出人はわかりませんでした。でも、クルーザーの融資に関わる不正の証拠がある。暴かれたくなかったら、言う事を聞けと・・・。」
「如月さんがメールの発信者という事は無いですか?」
純一が訊いた。
「いえ・・・それはどうでしょう。・・・私を脅すのなら、もっと早く、直接来るでしょう。融資流用の件を知っていて、私を脅したところで、彼には何のメリットもないはずです。」
「では一体誰が?」
「わかりません。」
脇に座らせられた佐橋玲子は、さっきからずっとうな垂れたまま、涙を流している。
「ミカさん、玲子さんを楽にさせてあげてください。」
佐橋玲子は、隣室に隠れていたところを、ミカに見つかり格闘の末、捕えられた。後ろ手にベルトで縛られていたのだった。
ミカがベルトを外すと、わっと突っ伏して泣き崩れた。その様子を見て、山下が言った。
「彼女も・・・脅されていました。・・・彼女は、私が経理に居た時一緒に仕事をしていました。八木頭取の融資流用を実質的に協力していたんです。・・いや・・彼女の意志じゃなく・・私が指示したんです。・・しかし、それをネタに脅されていたんです。」
山下の言葉を聞いて、ミカがはっと思い出したように言った。
「あ・・あなた、・・・まさか・・・佐藤文子さん・・・なの?」
佐橋玲子はゆっくりと身を起こすと小さく頷いた。ミカの知っている佐藤文子は従順で地味な目立たないごく普通の女性だった。今、目の前にいるのは佐橋玲子とは別人のようだった。ただ、彼女の右手には幼い時に負った火傷の跡があった。それをミカは覚えていたのだった。
それを見て、山下がぼそりと話した。
「ええ・・・彼女の本当の名は佐藤文子。・・・・・事故の後、突然、退職し・・・私が意識を取り戻した時は彼女の消息はつかめませんでした。・・・でも、英一社長の事故の少し前に、現れたんです。」
それを聞いて、泣きながら佐橋・・いや、佐藤文子が口を開いた。
「山下さんは、融資流用を随分悔いていらっしゃいました。・・事故が起きた時、私は山下さんが死のうとして起した事故だと直感しました。・・病院には何度か行きました・・でも、意識が戻らない状態が続き、英一社長からも、彼の事は諦めて、自分の人生を生きなさいと諭されました。・・・その後、小さな会社で経理の仕事をしていましたが、突然、メールが届いたんです。」
「メール?」
「ええ・・上総CSでの融資流用の件をばらされたくなかったら言う事をきけと・・・。でもすぐには信じられませんでした。でも毎日のように同じようなメールが届き・・・上総CSの副社長に会うようにと指示がありました。・・ここへ来たら、山下さんが副社長と知りました。」
「伊藤部長を誑かすようにという指示もあったんですか?」
「ええ・・・最初は、常務をと指示があり、常務のよく行かれるバーに勤めました。その後、伊藤部長へ・・・伊藤部長をギャンブル狂いにさせて、不正経理を起させるようにと指示がありました。・・・私だって・・そんなの嫌だったんです・・・・でも・・・。」
彼女の心中は充分に理解できた。
「確か、お二人は結婚の約束をされていたんでしょう?」
ミカが訊ねると、山下も文子も顔を伏せた。
「山下さんは、彼女がやっている事を知っていたんでしょう。何故、止めなかったんです!」
純一は、少し腹立たしい思いで訊いた。
「・・・知っていました・・・私だって、彼女が他の男に身体を許しているなんて・・許せなかった・・・でも・・この身体では・・・彼女を幸せになどできない・・・せめてもの願いでした・・・過去をばらされ全てを失くす事だけは避けたかったんです・・・・すまない・・文子・・本当にすまなかった・・・。」
山下は大粒の涙を流して言った。
「良いんです・・・・少しでもあなたのお役に立てるなら・・私は何でもします・・・。」
文子も涙を流し、山下に掛け寄った。
純一もミカも二人に何と声を掛ければよいか、言葉を失ない、暫く沈黙した。

その後、佐藤文子は、マリン事業部の強盗事件について話し始めた。

事件の当日、再びメールが届いたのだった。
マリン事業部の不正経理の証拠隠滅と古い経理帳簿を運び出す指示だった。
昼間には帳簿類を運び出すことは出来なかったので、深夜に事務所に入り、経理帳簿を運び出そうとした。そこを休憩室で仮眠していた伊藤に見つかったのだ。
伊藤部長は憔悴しきった表情だった。
文子はこれまでの経緯を全て話した。
すると、伊藤部長は強盗事件に見せかけようと提案し、必要な帳簿類を運び出したあと、事務所の棚を倒したり、金庫を開け現金を取り出したりした。
その上で、休憩室から包丁を持ってきて、刺すように指示したという。
「私には・・・出来ませんでした。・・・私が全て仕組んだ事でしたから・・・私こそ殺して欲しいとお願いしました。」
文子は強張った表情で、その時の情景を話した。
「すると・・・それじゃあ何にもならないだろうとかすかな笑みを浮かべました。そして、私の目の前で、自らの腹を刺したんです。何度も何度も・・・・・真っ赤な血が噴き出しました。・・・私、怖くなって逃げてしまいました。その後は良く覚えていません。」

「次の指示は何かあったんですか?」
震えながら話す文子に純一が訊いた。
「いいえ・・・私、自分のしたことが怖くて・・・昨夜ここへ来てからずっとベッドに居ましたから・・。」
「山下さんのところに何かメールは届いていませんか?」
「いえ・・・。」

メールで脅された二人の状況を知り、純一は見えない相手に強い憤りを覚えていた。
「メールの主は、きっと英一社長の死にも関係しているに違いありません。・・・あなた方だけでなく、ひょっとしたら如月さんもメールで踊らされているかも知れません。いや、社外の者も巻き込んでいるかもしれませんね。」


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