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2-37 メビウス開発の経緯 [スパイラル第2部遺言]

2-37 メビウス開発の経緯
ミカは社長室に行き、コーヒーを煎れてきた。
「英一社長の事ですが・・・自殺ではなく、誰かに殺されたのだろうと考えています。何か知っていることはありませんか?」
純一が山下と文子に訊いた。
「・・・いえ・・・私も社長の自殺が余りにも不自然だったので・・・調べてみましたが・・・。」
「不自然というと?」
「もうすぐ、新しいコンピューターシステムが完成する時でした・・・ご存知でしたね。メビウスです。」
「ええ・・・驚くべき技術でした。あれが世に出れば、世界は一変するでしょう。」
「そうなんです。私も随分協力しました。今までの常識を覆す代物です。社長も随分喜んでおられました。・・・ほぼ完成していたはずです。なのに、自殺するなんて・・・。」
「だが・・大きな欠陥があった。それを修復出来ない事に悩み、自殺したという見方もありましたが・・。」
「欠陥?いや、そんな事は初めて聞きました。」
「・・・変ですね。私がメビウスと話した時、欠陥があるとメビウス自身が言ってました。電源と排熱冷却システムです。・・・今の状態では5分も起動していないんですよ。」
「いや、そんなはずはありません。・・私はメビウス本体の開発には携わってはいませんでしたが、冷却システムは私が設計しました。栄一社長の話では、冷却システムが稼動すれば、電力などほとんど不要なのがメビウスだと聞きました。」
「・・・しかし、現実にシャットダウンしたんです。」
山下は首をひねりながら言った。
「・・・社長がどういうふうにあれを見ておられるか判りませんが・・最も画期的なのは、あれ自身が命を持っているということなのです。人間の心臓が動くのと同じように、微細な電気を与えるだけで起動するんですよ。もちろん、モニターやサウンドシステムは現行のものを使っていますから・・・ごく普通のコンピューター並みの電力は必要なんでしょうが・・・。社長はメビウス本体はご覧になられましたか・・・?」
「ええ・・地下室で大きな水槽に入ったメビウスを見ました。」
「専用の冷却水は注入されていましたか?」
「いや、空っぽでしたので・・バルブを開いて・・今は半分ほど入った状態のはずです。」
そう答えると、山下が更におかしな表情を浮かべた。
「冷却水が入っていない?・・・バルブを開いた?・・変ですね。故障を防ぐ為、バルブは自動開閉システムが組まれていますし、冷却水は常に満タン状態になるように設計しました。」
「いや・・水槽の中はほとんど空っぽだったし・・・地下室内には熱気の臭気が立ちこめていました。」
それを聞いて、山下が答える。
「きっと・・満タン状態だった冷却水が加熱蒸発したんです。そのままだと、メビウスは死んで居仕舞います。・・・誰かがわざとバルブを閉め、排水システムのスイッチを入れたとしか思えないです。・・しかし、あそこに入れるのは、英一社長しかいません。」
「では、英一社長がバルブを閉じたという事でしょうか?・・わざわざそんな事を?」
山下の話を聞けば聞くほど、メビウスの異変を強く感じた。
メビウス起動と英一社長の死、そしてミホの失踪。そこに何か理由があるのだと純一は考え始めていた。
「社長が亡くなる十日ほど前、困ったとおっしゃっていたのはご存知ですか?」
ミカが山下に訊いた。
「困ったこと?一体なんでしょう。・・十日ほど前?・・判りません。」
山下が答えた。
純一はふと、感じていた違和感について訊ねてみた。
「メビウスには、英一社長自身の記憶が埋め込まれているんですよね。・・メビウス自身、自ら英一だと言っていました。永遠の命を得たのだと・・・。」
山下はじっと考えてから言った。
「・・判りません・・・ただ、メビウスは人工知能ですから、誰かの記憶を植え付ける必要があります。・・ああ、そうです。このヘッドセット・・事の始まりはこれの開発なんです。私の脳波を判定して音声に変えるシステムをベースに、人の脳波を分析するシステムをさらに強めたものを開発しました。そして、そのデータを全て取り込むには大型のスーパーコンピューターが必要な事もわかりました。ですが、そんなものでは使えません。英一社長は、人工繊維と特殊な電解質を使った細胞組織の研究を始められました。その成果がメビウスです。」
「では、人の記憶を読み取る装置はすでにあった。・・・それを使って自分の記憶をメビウスに・・。」
「おそらくそうでしょう。全く別人物の記憶を入れ込む理由はありませんから・・・。」
「そうですか・・・・。」
「何か疑問でも?」
怪訝な顔で山下が尋ねた。
「・・いや・・・私は英一社長を知りません。ですが、皆さんの話を聞いていると、とても繊細で温厚な方であったように思っていました。・・しかし、メビウスの英一社長は、高圧的で・・それに、役員の皆さんに不審感、嫌悪感を抱いているんです。・・何か、別の人間ではないかと感じているんです。」
「まあ、実際、栄一社長が我々役員をどう思っておられたかは判りませんが・・・決して高圧的な方ではありませんでした。・・こんなふうに、身体も満足に動かない私を副社長にして、本社の一切を任せてくださっていましたから・・・。」
それを聞いてミカも口を挟んだ。
「ええ・・英一社長が怒られる姿は見た事がありませんし・・・細かい気遣いをされる方でした。」
純一は溜息をつき、言った。
「では・・メビウスの英一社長は一体・・・・。私はずっとメビウスが英一社長の記憶で出来ていると信じ、メビウスの要求に答えることが、英一社長の遺志を引き継ぐことだと思っていました。・・しかし、メビウスがもしも違う人物だとしたら・・・途轍もない。・・・・過ちを起こしていることになります。」
「メビウスは、ミホさんの事を話しましたか?」
ミカが訊ねた。
「ええ・・・・仕事のパートナーであると同時に、人生のパートナーだったと・・・深く愛し合っていたとも言っていたと思います。だから。・・・私も信じたんです・・・・。」

外が白み始めた。答えが出ないまま、終に朝を迎えた。
ミカの携帯が鳴った。ミサから、伊藤部長が一命を取り留めたという連絡だった。
「強盗事件は自作自演という事もわかりましたし・・・とりあえず、文子さんは副社長の傍に居てください。・・それから、メールの指示が再びあるようならすぐに連絡してください。」
そう言い残して、純一とミカは一旦島へ戻ることにした。

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