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2-43 操られた人生 [スパイラル第2部遺言]

2-43 操られた人生
真実を知ったミホの気持ちを思うと、何と言って慰めていいのか判らず、如月は、甲板でぼんやり外の様子を眺めていた。島の入り江は周囲が崖に囲まれていて、風もなく穏やかだった。
暫くすると、ミホが甲板に出てきた。少し落ち着いたようだった。
「私が全ての鍵を握っているんでしょ?」
ミホはそういうと、如月の隣に座った。
如月はミホの様子を伺いながら、小さく頷いた。
「ねえ・・私は・・ここにいた私はどんな人間だったの?」
「上総に来たのは、お前が15の時だった。・・・お前も俺も同じ児童養護施設にいたんだ。親との縁は薄かった。上総会長は、そういう子どもが施設を出る時、引き取って育てていたんだ。お前だけじゃない、ミサやミカも、洋一も・・・ああそうだ、英一社長も山下副社長もそうだった。皆、同じような境遇で、上総会長は親みたいなものだった。」
「えっ?・・確か、純一さんも上総会長が鮫島運送を紹介したって言ってたわよね?」
「ああ、そうだ。純一さんは上総へは引き取られなかったんだ。」
少し気に掛かる表情で如月が答えた。
「ここへ来てどんな暮らしだったの?」
「・・大抵の者は、上総の寮へ入った。そこでは昼間は上総の仕事をしながら、夜には夜学へ通った。大学への進学も出来たようだ。」
「如月さんは?」
「私は、上総へは入らなかった・・いや、入れなかったんだ。施設を出る年、施設からは一人だけが上総へ行けると決まっていたから・・・その年は、山下副社長が引き取られたんだ。・・私は、小さな工場に就職した。・・・きっと、会長が援助してくださったんだと思うけど・・夜学も行き大学も行った。その後、23歳の時、上総CSへ入社したんだ。そこに、お前が居たんだ。」
「その時私は何を?」
「後で知ったことだが・・・お前やミサ、ミカは小学校を卒業した歳に上総へ引き取られたようだった。・・奥様が切望されて、女の子を引き取られたんだ。英一社長や山下副社長達は、会長が上総を担う人材を作るというのが目的だったようだったから・・子どもというより社員という関係だった。それでは、奥様は満足できなかったらしい。幼い女の子を引き取って、わが子のように育てようとされたんだ。」
「何か特別扱いだったって事?」
「ああ・・・専門の家庭教師もついて勉強だけじゃなくいろんな事を身につけさせられたそうだ。アメリカへも留学していたとも聞いた。・・・ミサは料理に長けていて・・ミカはスポーツだったそうだ。ミホは勉強熱心で語学に長けていた。・・特別な教育も受けていたらしいが・・・。」
「奥様がそうされたって事?」
「いや・・最初は普通の女の子のように育てられたんだが・・・会長がいずれは上総CSの後継者の嫁にしたいと考えられたそうだ。・・・そして、英一さんが社長になった時、三人を秘書にしたんだ。・・ミホはコンピューターにも長けていたから、すぐに社長が研究のパートナーに使命された。そして、すぐに・・相思相愛・・・人生の伴侶と社長は決めていたようだった・・・。」
ミホは、以前に、純一と過ごした八ヶ岳で、外国の絵本をすらすらと読めたことや乗馬が出来た事を思い出していた。
「純一さんのアパートにいたお前は・・全く別人だったよ。・・」
如月は呟くように言った。
「そう・・・。」
ミホは悲しげに答えた。
まだ記憶が戻ったわけではないが、もうあの頃の暮らしには戻れない、純一とともに生きる事は虫が良すぎる、これからどうすれば良いのか、ミホは絶望的な気持ちだった。
如月もミホの気持ちが痛いほど判った。
ミホの身を守らねばならなかった。自分の傍においておく事は無理だった。藁にも縋る思いで、純一に託したが、二人の幸せな暮らしぶりを知り、そっとしておく事も考えたこともあった。だが、上総CSも守らねばならなかった。如月にとっても苦渋の選択の末のことだったのだ。

しばらく二人は会話をせず、じっと波間を眺めていた。

突然、重く響く、振動にも似た音が響いてきた。
如月は立ち上がり、異変の原因を探した。どうやら、島の上のほうから聞こえてくるようだった。
「一体、何が起きたのかしら?」
ミホも立ち上がり、音が聞こえる方を見た。
その時、ミホのペンダントが光り始めた。振動に反応しているように、光は強くなったり弱くなったり、まるで生きているようだった。
ミホは胸騒ぎがした。
「如月さん、島へ行きましょう。・・・何か恐ろしい事が起きようとしているみたい。」
「ああ・・そうしよう。」

そのころ、島の邸宅にいたミカとミサも異様な音に驚き、原因を探っていた。
音は、ラボから聞こえてくるようだった。
ミカがモニターのスイッチを入れ、純一に問いかけた。
「社長?何か異様な音がしていますが・・・大丈夫ですか?」
振動のような音以外に何も聞こえない。
「社長?・・社長?」
ミカは何度も呼びかけた。
だが、純一からの応答はない。ラボの中に設置された全てのマイクのスイッチを入れてみた。しかし、全てが振動のような音に包まれてしまって、中の様子を知ることが出来なかった。

その時、すでに、純一はメビウスのカプセルに閉じ込められてた。外の音は全く聞こえない。
ただ、カプセルの下から太く響く振動音が聞こえてくるのは判った。
「メビウス!一体何をしているんだ!」
カプセルの中の純一が問いかける。メビウスから返答はない。ただ、カプセルの中のモニターや小さなインジケーターが点滅を繰り返している。
純一は、処構わず、スイッチやつまみを触ってみた。しかし、何の変化も起きない。カプセルから脱出しようにも、開閉スイッチすら動かない。上部カバーを腕の力で押し上げてみてもビクともしない。
純一は完全にメビウスにとらわれてしまっていたのだった。

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