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31 玉木商店の話 [命の樹]

31 玉木商店の話
須藤自転車店から、5,6軒となりには、玉木商店があった。
「こんにちは・・ご主人、いらっしゃいますか?」
哲夫が声を掛けると、店の奥から、店主が顔を見せた。
「おや、てっちゃん。・・あれ?何か注文品があったっけ?」
「いえ・・ちょっと、コーヒー豆が少なくなったんで注文しておこうかと思って。」
「そうかい。・・ああ、それなら丁度良い。何日か前に、売込みがあったんだ。何でも、新しい豆を試してもらいたいってさ。ちょっと待ってて。」
店主はそういうとまた店の奥へ入ってしばらくして、包みを一つ抱えてきた。
「味を見て欲しいそうだ。で、良かったら使ってくれって。俺にはコーヒーの味なんかわからないからどうしようかと思ってたんだ。てっちゃん、店で使ってみてくれないか。で、良ければ、次から注文してくれよ。」
そう言われても、店にはほとんど客は来ない。まあ自分で試してみるのが精一杯というのが正直なところだった。だが、店主の頼みを断る理由もない。
「ええ・・良いですよ。御代は?」
「いや、サンプルだからってさ。」
「ありがとうございます。」
哲夫はその包みを受け取りながら、店主に尋ねた。
「あの・・そこの須藤自転車屋さんの事で少し伺いたいんですが・・。」
そう言うと。店主はチラッとそちらの方角を見て、大きな溜息をついた。
「ああ・・徳さんか・・残念だよ。病気になっちまって・・店を閉めちまってさ。」
「徳さんって言うんですか・・。どんな方なんです?」
「徳さんは俺の同級生で、小さい頃からあいつは頭が良くて、優しくて、何でも誰よりも上手くやって、みんなの人気者だったんだ。」
健は店主の話を聞いてとても同じ人物とは思えなかった。
「だが、親父を早くに亡くして、高校を出ると、すぐに自転車屋を継いだんだ。徳さんなら、大学にもいけただろうし、もっと夢もあったに違いないんだが・・まあ、おふくろさんの事もあって、自分で決めたんだけどな・・」
「バイクの修理をしていたって聞いたんですが・・。」
「ああそうだよ。奥さんと知り合ったのもバイクが縁だった。いや、奥さんと知り合ってから、バイク修理の勉強を始めたんだ。元々器用でさ、すぐにこの辺りじゃ腕のいい修理屋だって評判になってなあ。結構、お客も多かったよ。」
「病気って?」
「ああ、この歳になればさあ・・ほら・・確か、脳梗塞だったかな。今じゃ、半身不随だそうだ。病気の後、一歩も家から出ていないらしい。会いに行っても帰れって怒るらしい。まあ、みっともない姿を曝したくないっていう気持ちも判らないでもないがなあ。」
「そうですか・・・。」
「だがな、不憫なのは奥さんだ。四六時中、一緒にいるんだ。大変だろうよ。」
「そうでしょうね。」
哲夫は、加奈の顔を思い浮かべていた。自分もそのうちに動けなくなるだろう。そうなった時、加奈はどんな気持ちになるだろうか。いや、自分が死んだ後はどうだろうかと考えていた。
「昔は、奥さんと二人で、この辺りをバイクで走り回っていたんだぜ。大きなバイクが二つ並んで走る姿は格好良かったなあ。あの頃、奥さんも幸せそうだったなあ。・・それが今じゃ・・。いや、何とかしてやりたいが、こればかりはなあ・・。」
「ご子息は?」
「ああ、一人息子がいた。親に似て頭が良かった。大学も医学部に行ったんだ。今、確か、大学病院で医者をしてるって、奥さんから聞いたことがあるな。ただ、最近は見てないな。おそらく、親父が病気になったことも知らせてないんじゃないかな。知ってれば、すぐにも戻ってくるに決まってる。」
「どうしてですか?」
「徳さん、子どもが産まれてから、バイクにサイドカーってのを付けたんだ。息子が幼い頃はサイドカーに乗せて、あちこち走り回っていたんだ。中学校くらいまでは、バイクの修理も一緒にやってたんだ。あいつは親父が大好きだったし、徳さんも随分かわいがってたんだよ。」
「じゃあ、何故、知らせていないんでしょう?心配掛けたくないってことでしょうか?」
「いや、そうじゃないだろ。カッコいい親父でいたいんじゃないかなあ。何でも知っていて、何でもできる、スーパーマンみたいな親父のままでいたいんじゃないかな?」
「でも・・」
「ああ、そうさ、。徳さんは昔からそういうところがあった。いや、周囲がそうしたのかもしれない。優等生で何でもできる格好いい徳さん、みんなそんなふうに見ていたから。だから、引きこもって出てこなくなったんだろ。」
哲夫はそこまで聞いて、健に言った。
「健君、今からバイクを取りに行ってくれないか。もう一度、徳さんに頼んでみよう。」
「でも・・昨日の様子じゃ、無理ですよ。」
「まあ、駄目で元々さ。さあ、急いで。」
哲夫に言われて、渋々、健はバイクを取りに行った。その間に、哲夫は再び、結の病院へ行った。

「結ちゃん、すまない、一つ頼み事があるんだ。」
哲夫は病院に着くや否やそう切り出した。結は、ほぼ出来上がった診察室の中で、診察の器材の点検をしていた。
「どうしたんですか?」
「君の働いていた大学病院に、須藤っていう名の先生はいなかったかい?」
「須藤?・・須藤・・どこかで聞いたことあるけど・・・。」
「忙しいところで申し訳ないんだが、ちょっと調べてみてもらえないかな。・・おそらく、そこにある自転車屋の息子さんだと思うんだ。知らせたいことがあってね。」
「そう、・・・判りました。ひょっとしたら、すぐにわかるかもしれません。」
「じゃあ、頼んだよ。須藤自転車店の息子さんなら、連絡を取ってくれないかな。すぐにも会って話したいことがあるから。」
「はい。・・あ、おじさん・・あの・・。」
結の問いかけに、哲夫はポケットに手を入れて、銀色の酸素ボンベを取り出して見せた。
「ありがとう。」
哲夫は、結の病院を後にして、哲夫は須藤自転車屋へ向った。通りを健が重そうにバイクを押してくるのが見えた。4/15

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