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33 健の修行 [命の樹]

33、健の修行
「それで、そのまま、結婚?」
健がとんでもない質問をした。
「まさか、あの人、いろんな本を集めて勉強して2週間で修理してくれました。その後、一度、私は長野の実家へ戻ったんです。・・で、それからちょくちょく遊びに来るようになって・・そしたら、哲夫さんもバイクの免許を取っていて、ある日、あのバイクで長野の実家まで来たんです。嫁にきてくれってね。」
奥さんは、そういうと修理場の奥にある大型バイクを懐かしそうな目でみつめた。
「もう40年近く前の話です。その後、二人でツーリングしました。子どもができてからはなかなか行けませんでしたが、ある日、サイドカーをつけたんです。それに息子を乗せてね。」
「なんだかすごいですね。バイクはお二人の絆なんですね。」
哲夫が言うと、奥さんは急に涙ぐんでしまった。
「すみません。何だか急に昔の事を思い出してしまって・・・。」
奥さんは、御主人がもう一度この修理場で元気に仕事をすることを願っている。何とか、ならないものかと哲夫は考えた。しかし、妙案があるわけではなかった。

哲夫は、健に言った。
「さあ、健君、バイクを。」
健はバイクを中に入れた。センタースタンドを立てたが、不安定なほど車体が傷んでいた。

「まずは、どこが壊れているかをはっきりさせよう。とりあえず、少しでも走れて、浜松まで行ければ、あとは本格的な修理をしてもらえばいいからね。」
哲夫がしゃがみこんでバイクを覗こうとした時、パッと四方からライトが照らした。
まるで、手術台のように明るく、エンジンもマフラーも影ひとつないほどに明るく照らされた。
奥さんが、ライトのスイッチを入れてくれたのだった。奥さんはにこりと笑って出て行った。

「スポークが何本か折れてるようだ。それとハンドルも曲がってる。マフラーも凹んでしまってるなあ。まあ、こいつらはなんとかなるだろう。それより、エンジンがかかるかどうかだ。健君、セルを回してみて。」
健はキーを回し、セルスターターのスイッチを押した。
キュルキュルキュルとセルモーターが回る音がした。その後、ゴトゴトと何かがぶつかるような音がして、少し焦げ臭いにおいが立ち込めた。エンジンはかからなかった。
「もう一度。」
哲夫の声に、健がセルスターターのスイッチに手をかけた時だった。
「止めとけ!」
御主人の声が響いた。
出口のところに、車いすに座った御主人が居た。奥さんがゆっくりと車椅子を押して修理場へ入ってきた。
「駄目だ、それ以上セルを回すと修理もできないくらいになっちまう。」
御主人はバイクに近づくとマフラーに顔を近づけ、匂いを嗅いでいる。
「やっぱりな・・おい、健といったか。お前、バイクの手入れはしていたのか?」
健はびっくりして答えられなかった。
「乗りっぱなしか!まったく、近ごろの若い奴は・・こいつはオイル切れでエンジンが焼け付く寸前だぞ。・・こんなになるまでほっておいて、修理もくそもないだろ。」
「いや・・壊れたのは大雨で倒れた樹に潰されたからで・・。」
「そりゃ偶然だな。天気が良くて、スピードを出して走っていたなら、おそらく突然エンジンが止まって転倒して放り出されていたはずだ。そうなりゃ、即死だな。・・いや、待てよ。おまえ、どんなふうに倒れた?」
健はその時の事を思い出しながら話した。
「周遊道路を走っていたら、急に大雨が降ってきて、どこかに雨宿りしようと、通りに入ってみたものの、どこに行っていいかわからず、そのまま、岬の砂利道に入り込んだんです。」
「それから?」
「・・ああ、そうだ、神社の前を過ぎた時、がくんとスピードが出なくなって、・・それから・・スロットルをグイってひねったら、急にコントロールが利かなくなって倒れたんです。勢いで、道脇の草むらに放り出されて、バイクが横倒しになって、そしたら、上から樹が倒れてきたんです。」
「そうだろ?じゃあ、お前はバイクに救われたんだな。直前で不調になっていなければ、倒れてきた樹にお前が下敷きになっていたはずだ。」
御主人はそう言いながら、まだ動く右手で、傷ついたバイクを労わるようにさすっている。
「なあ、倉木さん。こいつを儂に預けてもらえないか?」
御主人の言葉に哲夫も健も驚いた。ご主人は返事も聞かずにつづけた。
「このバイクは、こいつの命恩人だ。丁寧に直してやらなくちゃ申し訳ない。浜松まで運んだって、そんなにきれいに直しちゃくれないさ。ここでじっくり時間をかけて修理してやろう。だが、儂は手が不自由だ。だから、こいつに教え込んで、直させようと思うんだが・・。」
「ええ・・私は構いません。ただ、健君自陣がどうか。」
健は哲夫の顔を見た。そして、御主人の顔も見た。これは大変な状態になったなとは思ったが、逃げられる状況でもなかった。
「ええ・・良いです。先を急ぐわけじゃありませんから・・。」
何だか、他人事のような返事をした。
「おい、お前、覚悟はあるのか?儂が教えるんだ。中途半端な事じゃ許さない。逃げ出すこともゆるさんぞ。良いんだな。」
御主人の言葉はかなり重かった。健もその意味を十分分かったような気がした。
「はい!よろしくお願いします。」
健は神妙に答えた。
「よし、引き受けた。・・和さん。今日から若い従業員が一人、住み込みで働くことになったから、世話は頼む。食事と布団は用意してやってくれ。給料は、バイクの修理代と差引でチャラだな。」
「はい。」
車椅子の後ろで、奥さんは嬉し涙を流しながら返事をした。
「じゃあ、、健!まずは、着替えだ。油塗れになるんだからな。そこに、作業着があるから着替えて来い!和さん、出してやってくれ。・・儂も着替えるぞ。」
哲夫は「それじゃあよろしくお願いします。」と言って須藤自転車を後にした。4/17

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