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35 漁師仲間 [命の樹]

35 漁師仲間
翌日は、少しゆっくりした朝だった。昨日、たくさんのパンを焼いたので多少疲れもあった。「無理しないでね」と加奈は出勤前の一言を残して出かけていった。
片付けを終えて、テラスの椅子でコーヒーを飲みながらのんびりしていると、足音と声が徐々に近づいてくるのに気づいた。
「やあ、今日は客としてきたよ。」
源治だった。漁師仲間を何人か引き連れている。後ろの方には見た顔もあった。哲夫は慌てて立ち上がって、皆を出迎えた。
「いらっしゃいませ。」
源治はひとしきり店の中を見回してから言った。
「加奈さんは?」
「ああ、もう仕事に出かけました。」
「なんだい、皆を加奈さんに引き合わせようと思ったんだが・・てっちゃんの奥さん、そりゃあ、綺麗なんだよって話してたんだが・・残念だなあ。」
「そりゃ、すいません。こんなむさくるしい出迎えで・・。」
源治と同じ歳くらいの男が二人、それと随分若い男が二人。ひとりは、亮太だった。
哲夫はグラスを運びながら、挨拶した。
「今朝、漁から戻って浜でひとしきりこの店の事が話しに出たんだ。・・てっちゃん、屋根に大きなライトつけたんだな。」
「ええ・・そう、見えましたか?」
「ああ、今までよりも随分はっきり見えるようになった。夜中、点いてるんだな。」
「亮太君が教えてくれたんです。この店の明かりは灯台みたいだって。でも、朝早くパンを焼く日しかなかったでしょう。だから、屋根の上に大きな明かりを一年中つけようと思ったんですよ。」
「おい、亮太、おまえか。・・灯台ねえ・・」
源治に言われて、少し気弱な亮太はどぎまぎしていた。
「いつもは家に戻って朝飯だが、たまには、ここでと話がまとまったんだ。・・何ができるんだい?」
源治に問われ、哲夫はちょっと戸惑った。今まで、ほとんど客らしい客は来ていなかった。それに、漁師が5人。腹も減ってるだろうし、満足できるものなど出来るわけもない。
「一応、メニューはあるんですけど・・。」
哲夫はテーブルの上のメニューを見せた。メニューには、コーヒー・ジュース・ミルク、それと「お任せサンドイッチ」「きまぐれパン」とだけ書かれていた。
源治はメニューを見て首をかしげた。
「なんだい、こりゃあ。」
「すみません。喫茶店って言ってもまあ気まぐれでやってるようなものなんで・・。加奈が居れば、それなりの料理は作れるんですが・・」
哲夫はそこまで言ってひらめいた。
「そうだ、源治さん。源治さんに是非食べてもらいたいものがあったんです。ちょっと時間かかりますけど・・良いですか?」
「ああ、構わないさ。」
「じゃあ、少し待っててください。ああ、そうだ、飲み物は?」
「コーヒーで良いよ。なあ?」
源治が言うと皆が頷いた。
哲夫は、急いでコーヒーを煎れて、朝少し焼いたパンを籠に持ってテーブルに運んだ。
男たちは、コーヒーを飲み、籠のパンを思い思いにつまんでいる。
哲夫は厨房に入って、冷凍庫から食材を取り出して調理を始めた。15分ほどで出来上がった。
「さあ、お待たせしました。」
大皿に、幾つものサンドイッチが並んでいた。
「これ、以前に源治さんにいただいた魚を使ったんです。どうぞ。」
最初に源治が手にとってぱくりと口に入れた。
「ほう・・いけるな。さあ、みんなも食べてみろ。」
次々に手を伸ばして食べた。
亮太が言った。
「これ、キスですか?」
「ええ、キスのフライをサンドイッチにしたんです。いただいた時は刺身と天婦羅にしたんですが、加奈がサンドイッチにも使えるんじゃないっていうので、衣を着けて冷凍しておいたんです。」
「美味しいです。」
「良かった。せっかくたくさんいただいたんで、何とか美味しく食べたくてね。」
他の男たちも、大皿のサンドイッチをつまんで満足そうに食べた。
もう一人の若い漁師が、少しそわそわしている様子で、源治に突付かれた。若い漁師は、竜司だった。
「あの・・千波さんは?」
「おや、千波の事、知ってるんですか?・・ああ、そう、君か、千波をうちまで送ってくれたのは、ありがとう。千波も感謝していたよ。・・千波は東京へ戻ったんだ。」
竜司はがっかりした顔をした。
「残念だったな、竜司。愛しの君は居ないってさ。」
源治が冷やかすように言った。
「何言ってるんだよ、源さん。そんなんじゃないさ。それに、こんな漁師と大学でのお嬢様じゃ釣りあわないし、嫁になんか来てくれっこないじゃないか。」
「なんだい、嫁に欲しいってのか?相手にもされないに決まってらあ!」
一層、源治は竜司を冷やかした。だが、哲夫は言った。
「いや・・どうかな。千波は強い男が好きみたいだよ。周りに居る男は頼りなくて駄目だっていうんだが・・一生懸命生きている人が良いらしい。命をかけて何かに打ち込んでいる・・そういう人が隙だって言ってたよ。・・・だから、竜司君だって・・。」
「そ・・そうですか?・・」
「おい、てっちゃん。そしたら、こんな奴がお前の息子って事になるんだぜ?良いのかい?」
哲夫は腕組みをしてじっと竜司を見た。
「うん、良いじゃないですか?強くて逞しくて優しそうだし・・だが・・漁の腕はどうなんです?」
それを訊いて、竜司が頭を抱えた。
「おい、竜司、てっちゃんに認めてもらえるように、もうちょっと頑張んないとな。」
店の中は笑い声で溢れていた。
その日を境に、毎日のように、漁師仲間が入れ替わりやってくるようになり、町の人もパンを目当てにやってきた。次第に、<命の樹>は喫茶店らしくなっていた。4/21

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