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38 与志さんの説教 [命の樹]

38 与志さんの説教
加奈は車を出してすぐに、サチエたちのアパートへ向った。アパートの階段の下に、サチエの母とその「新しいお父さん」が立っていた。買い物から戻ってみると、部屋には二人の子どもの姿がなく、探している様子だった。
「郁子さん、倉木です。」
車から降りると、すぐに加奈が声を掛けた。
「ああ・・加奈さん・・サチエたちを見ませんでしたか?」
相当うろたえているようだった。
「二人は、今、うちに居ます。大きな鞄を抱えてきて、しばらく置いてほしいって言って。」
「どうして・・そんな・・ご迷惑をおかけして本当にすみません。すぐに迎えに行きます。」
「いえ、迷惑なんて・・・でも、サチエちゃん、相当の覚悟みたいですよ。一体、何があったんです?」
「それ・・僕のせいなんです。」
郁子の隣に建っていた男が済まなそうに言った。
「加奈さん、こちらは、私が働いている工場の専務さん。金原誠一さんです。・・誠一さん、こちらは、前にお話しした喫茶店の奥様で加奈さんです。」
加奈は小さく会釈して話をつづける。
「とにかく、このまま預かるってわけにもいかないでしょ。すぐにウチヘ行きましょう。」
三人は、《命の樹》へ向かった。

「あ・・加奈が戻ってきたみたいです。」
哲夫は、外の様子を見に行き、三人が階段を上ってくるのを確認すると、すぐに店に戻った。
「じゃあ、サチエちゃん、この与志さんに任せてくれるね?良い子だから、2階へあがっておとなしく待ってるんだよ。とっちめてやったら、呼ぶから。」
サチエはユキエと手をつないで、階段を上って行った。
玄関が開き、加奈が、郁子と金原を連れて入ってきた。
「サチエ!ユキエ!」
郁子が少しヒステリックな声で二人の名を呼んだ。
「まあ、落ち着きなさい。二人は上に居る。まあ、少し、事情を聞かせてくれないかい。」
与志さんが、郁子に言う。
郁子と金原は先程までサチエたちが座っていたテーブル席に着いた。哲夫は、コーヒーを煎れて二人の前に置いた。
「さあ、どこから話そうかね。・・まず、あんただ。何者だい?」
そう問われて、金原は、習慣で儒ケットのポケットから名刺入れを取り出し、1枚の名刺を差し出してから、深々と頭を下げて言った。
「金原工業の金原誠一です。」
与志さんは名刺をつまむとじっと見つめた。
「ほう・・これは随分と偉いお方のようだが・・どういう関係・・ってみりゃ判るね。」
郁子が話し始めた。
「私が働いている工場の専務さんです。何とか就職でき、仕事も覚えました。体の事もあって、事務の仕事に代えていただいて、何かと専務さんとご相談することも多くて・・。」
「いや、郁子さんが入社されてからすぐに事務が足りなくなったので、配置転換したんです。簿記ができるって聞きましたので、助かってます。テキパキと仕事をこなせるし、頭もいいし、・・・」
「まあ、そんな馴れ初めみたいな話はいいさ。で、結婚するって覚悟なのかい?」
与志さんは敢えて、覚悟という言葉を使った。
「いや・・覚悟というか、僕から申し込んだんです。」
金原が答えた。
「金原工業の専務となれば、相当の資産もある。その気になれば結婚相手に不自由しないだろう。・・それが何で、子持ち女にプロポーズなんだ?見たところ、歳もそれなりだろう?」
与志の言う通り、金原誠一は、もう40歳は過ぎているようだった。ところどころに白髪も見える。
「実は、若い頃、結婚していました。ですが、なかなか、子どもに恵まれなくて、会長・・いや、父と母が随分と気を揉みまして、妻に厳しく当たるようになってしまって、妻は精神的に不安定になって、離婚せざるを得なくなったんです。」
「そんな男がプロポーズ?冗談だろ・・女を一人不幸にした男が、また同じことを繰り返そうって。」
与志さんは少しキツイ口調で言った。
「ですから、それ以来、結婚なんかしないと決心していました。」
「それがどうして?・・会社の跡継ぎがほしいってのなら、養子でも貰えばいいだろ?」
「跡継ぎとか・・そういうんじゃないんです。彼女と親しくなって、子ども達の話を聞いたり、写真を見たりしているうちに、家庭を・・いや、親になりたいって思うようになったんです。」
「なら、なおさら、だろ?」
与志の問いかけに、金原は少し考えてから答えた。
「私には子どもをつくる能力がないんです。結婚して子どもができなかったので、随分、病院にも通いました。子どもの時の病気のせいだとわかったんです。・・ですから、自分の子どもを持つことは諦めていました。でも、あの子達の笑顔を見てから・・どうしても、あの子たちの親になりたいという願望が強くなって・・私のエゴだという事は重々承知しています。」
他人に話したく無い事に違いなかった。
育子が金原の背中を優しく摩りながら言った。
「金原さんのエゴなんかじゃありません。・・私だって、子どもたちにもっと楽なくらしをさせてやりたい、お父さんを作ってやりたい・・そう思ったんです。それで、今日、子どもたちに会わせたんです。・・でも・・・。」
「あんたたちの考えは良く判ったよ。互いに真剣に考えての結論だという事も判った。だが、結果はどうだい?サチエちゃんは妹を連れて、ここへ逃げ込んだ。あの顔は尋常じゃない。あんたたち以上の覚悟だろう。幼い子どもが、心を痛めて・・どうしようもなく、ここへ逃げてきた。郁子さん、どうだい?」
郁子は困惑した表情を浮かべていた。
「そんなに・・金原さんを嫌っているのでしょうか?今日初めて会ったんですよ。お昼は楽しく食べてました。・・ユキエなんかは、金原さんの膝に乗って遊んでいました。・・サチエは余り近づきませんでしたが・・、どうしてそんなに嫌うんでしょう。」
「お母さんが判らないなら、どうしようもないねえ。」
「どうしたらいいんでしょう?」
郁子は涙ぐんでいる。4/24


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